08 暴かれた俺の黒歴史

 バスコの武器屋でゲットした聖剣は刃こぼれが酷く、クエストに出発する前に鍛冶屋に研いでもらう必要があった。


 リーナがその剣を鍛冶屋へ持って行ってくれることになり、俺とおかんは先にエベリ婆さんの宿屋に戻って旅支度をしておくことに。


 とは言っても、ドゥブルフツカの谷は人里に近く、食糧や水など必要なものは道中で調達できるし、素泊まりの宿も近くにあるらしい。


 ……となると、三日分の旅支度って大して荷物にならないんだよな。

 現代日本での旅行だったら、モバイルバッテリーとか、整髪料とか、男でもそれなりに準備はあるんだが、当然そんなもの要らないし。


 結局、リュック(というより背嚢はいのうといった方がしっくりくる)にタオル代わりの布切れと、こちらの世界で歯磨きとして使われるトーブの茎、水を入れる革製の水筒を入れて、俺の旅支度とした。


 リーナの話では、今日の午後一番(こっちの世界では “蜜蜂のとき” と言うらしい)にパウバルマリ村を出発し、日没の頃にドゥブルフツカ近くの村に到着。

 一泊して翌日の丸一日をかけて吸血コウモリの駆除を行い、三日目に帰路につくそうだ。


 俺とおかんが転移したバハナン大森林を抜けるのに三日かかったことを考えれば、ドゥブルフツカに向かうのは結構楽勝な気がする。


 今考えると、リクルートスーツと革靴でよく歩き通したものだと思うけど、あの時はとにかく人里まで辿り着きたいと必死だったからな。


 モンスターの棲む深い森でのたれ死ぬことなく、リーナに出逢ってこのパウバルマリ村に来れたことは本当にラッキーだったと思う一方で、ここに来たのは見えざる誰かの導きなんじゃないかとも思う。


 そうなると、俺はいつ、どの段階で、この世界に来ることが決まっていたんだろうか。


 生まれた時から?

 いや、もしかしたら、この世界に選ばれたのは、俺ではなくて、おかんなんじゃ────


「ユウくーん。昼ご飯できたでー」


「……って、おかん! 部屋のドア開ける時はノックしろっていつも言ってんだろ!?」


「なんやユウくん、そない怒って。いきなり開けられたら困るようなことでもしてたんか?」


「ちょっと考え事してただけだ! 開けられて困る以前に、ノックするのがマナーだろ!?」


「ユウ君も年頃やさかい、エロ本の一つや二つ読んどってもおかあちゃん驚かんから安心しい」


「断じて読んでねえよ! ってか異世界にそんなもんあるかどうかすら知らねえよ! 勝手に濡れ衣着せんなよ!」


 考え事をおかんに中断させられ、俺は憮然としたまま旅支度を携えて階下の食堂に向かった。


 ☆


 食堂に入ると、すでに鍛冶屋から戻っていたリーナが俺を見て立ち上がった。


「ユウト、鍛冶屋で聖剣を研いでもらうついでに、グリップの革も巻き直してもらってきたぞ」


「ああ、ありがとう」


 差し出された剣を受け取り、皆から少し離れたところで鞘から抜いてみる。


 さっきまで鞘の中で少し引っかかる感触があったのに、研ぎ澄まされた剣はすらりと滑らかに抜けた。


「おお……なんだか随分と見違えたな」


「私も手入れを終えたその剣を見て驚いた。その見た目ならば、聖剣と呼ぶに相応しいだろう」


 かつての魔王との戦いで疲弊した後、長らく放置されていたんだろう。

 往年の荘厳さを取り戻した俺の相棒は、得意げに輝いているように見えた。


「よろしくな、相棒」


「ユウト、せっかくだから相棒に名前をつけてやったらどうだ? 多くの勇者がやっていることだぞ」


「へえ……。じゃあ、俺もこいつに名前をつけてみようかな」


 どんな名前がこの聖剣に相応しいだろう?


 威風堂々として風格のある、こいつにぴったりの名前は……。


「“霹靂へきれきのルシファー” なんてどうや?」


 いつの間にか傍にいたおかんが、俺の耳元でぼそりと呟いた。


 その名を聞いた途端、俺の全身からざざあっと血の気が引く。


「お……おかん、なぜその名を……っ!?」


「ユウ君、忘れたん? あんたが中三のとき、初めてスマホをうたった時のパスワードは、おかあちゃんの誕生日にしたやろ?」


「確かに、高校卒業までは、おかんの誕生日をパスワードにするって約束させられていたが……まさか、おかんは俺のスマホからを見たのか?」


 そう、それは俺の黒歴史。

 初めて買ってもらったスマホで、初めて呟き系SNSに登録した時のアカウント名が “霹靂のルシファー” だった。


 中二病真っ只中の、痛いほどにエネルギッシュな反抗心をぶちまけていたポエムを、おかんにこっそり見られていたのだとしたら……


「ユ、ユウトッ!? 何をするっ!?」


「すまん、リーナ!! 俺を今ここで死なせてくれっ!!」


 首筋にいきなり聖剣をあてた俺に、リーナが血相を変えて掴みかかる。


「突然どうしたんだ!? 何があったか知らないが早まるな!」


「せやでー。せっかく堕天使ルシファーから救世主に格上げしたんや。”我は呪われし乱世の奸雄” とかゆうポエムは忘れたるさかい、早まったらあかんでー」


「だああっ!! やめてくれ!! 俺のライフはもうゼロだ!!」


「ほっほっ。皆随分と楽しそうじゃのう。今日はオカンさんと昼ご飯を作ったんじゃよ。冷めないうちに早う食べなされ」


 リーナが必死に俺を宥めてくれる一方で、おかんはわっはっはと豪快に笑って俺の背中を叩いたのだった。






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