07 おかん、賢者の本をゲットする
涙目で “聖剣” をおかんに差し出す、スキンヘッドのバスコ。
バスコは屈強な壮年だが、おかんが弱い者いじめをしているような絵面にしか見えない。
なんたって、二十三万クーナの値がついていた聖剣を、十三万クーナまで値切り倒したからな。
彼のあの様子を見るに、仕入れ値とトントンか、あるいは下回ってしまったんじゃないだろうか。
それでも十二万まで値切ろうとしていたおかんは納得いかないようで、店内をぐるりと見回してから、バスコのいるカウンターの隅に置かれた分厚い本を指さした。
「ほな、そっちの言い値の十三万で手を打ったるさかい、その本もおまけでつけてくれん?」
「言い値って、ここまで値切っておいて……」
バスコはつるんとした形の良い頭を抱えてため息をついたけれど、「こんな本でいいんなら……」と、おかんの指さした本も差し出した。
☆
剣と一緒に購入したソードホルダーをベルトに通し、早速剣を差してみる。
腰に佩くと思ったより重く感じるが、これで俺も少しは勇者っぽくなったんじゃないか。
「刃こぼれが酷いから、使う前に鍛冶屋で研いでもらえよ」
バスコの忠告を受けつつ店を出ると、リーナがふうっと大きく息を吐いた。
「やれやれ、オカンさんの大胆な値切りにヒヤヒヤしたが、まさか聖剣を手に入れられるとは思わなかった。とんだ僥倖だ」
「けど、見てくれは何の変哲もない、ボロいだけの剣だぞ? 本当に聖剣かどうかはわかったもんじゃないよな」
俺は自分の腰にぶら下がる剣にもう一度視線を落とした。
鞘から出ている柄の部分は、
もしも本当にこれが聖剣ならば、もっときちんと手入れされていてもいいんじゃないか。
けれど、リーナは翡翠色の瞳に揺るぎない自信を滲ませて俺を見る。
「バスコは金に汚い男だが、武器を見る目は確かだ。そのバスコが聖剣だと言ったのだから、奴の誇りに賭けて間違いない。それに、ユウトの手に馴染んだというのが、聖剣である何よりの証拠だ」
「そういうもんかな……」
確かに、この剣を手に持った時、上手くは言えないが他の剣は違う感覚がしたんだよな。
昔の友人に久しぶりに会った時みたいに、触れた瞬間から違和感がないって言うか……。
俺が本当にこの世界の救世主で、この剣が本当に聖剣ならば、この相性の良さも説明がつくんだよな。
「ところで気になっていたんだが、勇者の剣ってのは本来はいくらくらいが相場なんだ?」
おかんの値切りでこの剣は十三万クーナでゲットしたものの、俺たちはクーナの価値がわからないし、値札も読めないから他の剣の値段がわからなかった。
「剣の質も価格もピンキリだが、ビギナーの勇者が最初に手に入れる剣の価格帯は新品で八万から十万クーナ、上級勇者が持つ剣になれば二十万クーナ以上のものもザラだ」
「へえ……。それじゃ、十三万に値切ったとは言え、やっぱりこの剣は値の張るものだってことだな」
「あっちの言い値で買うてたら、ほんまえらいこっちゃで。うちらの遣うお金は村の税金なわけやし、なるべく無駄遣いせん方がええからな」
おかんの言葉に俺も大きく頷いたのだが、おかんが小脇に抱えた分厚い本にふと目をとめた。
「なあ、おかん。十三万で手を打った時に、なんでその本をおまけにつけてもらったんだ? ショーナ文字はまだ読めないのに、何か役に立ちそうなのか?」
「ああ、これか? これはただのポーズやで」
おかんはそう答えて、本を胸の前で掲げて見せる。
「リーナちゃんが、賢者は武器を持たんでええゆうたやろ? けど、手ぶらなんもカッコつかへん思てな。厚めの本を持っとったら、賢者らしく見えるんちゃうかなて思うたんよ」
おかんの掲げた本を見て、リーナが目を丸くした。
「オカンさん……よりによって、なぜその本を選んだのだ?」
「あっこには何冊か本が並んどったけど、これがいっちゃん分厚かったんや」
「その本のタイトルは『家事が断然ラクになる! 主婦の知っ得スゴ技&裏ワザ大百科』だ。バスコの嫁さんが店番の合間にでも読んでいたんだろう」
リーナがやれやれといった様子で苦笑いする。
どう考えても、大賢者が冒険に携える本じゃなさそうだ。
しかし、そんなリーナの指摘に、おかんはむしろニタリと満足げな笑みを浮かべた。
「なんや、めっちゃ使えそうな本やん。うちの目に狂いはなかったわ。こら一日も早くショーナ文字を読めるようになって、スゴ技&裏ワザを実践するでー!」
どうやらおかんは異世界で大賢者の道を究めるより、主婦の知恵を究めることに目覚めたようだ。
「スゴ技&裏ワザを実践するのは勝手だが、クエストには重くてかさばって荷物になるから置いていけよ」
呆れる俺の声は聞こえない様子のおかん。
コミックス最新刊を買って本屋から出てきたばかりの小学生のように、待ちきれないとばかりにパラパラとページをめくりつつ歩くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます