06 聖剣だって値切ってナンボ!?
「ユウト、この剣はダメだ。中古でかなり粗雑に扱われていたのか、刃こぼれが酷い。それに、状態に反して法外な値段がついている。これは経験の浅い者をカモにしたぼったくりだ」
俺の選んだ剣をリーナがそう酷評して壁に掛け直した時だった。
「ぼったくりとは心外だな」
と、ドスのきいた低い声がした。
振り返ると、新聞を読んでいた店番のスキンヘッドがこちらを睨みつけている。
もしかして、ヤバい奴に難癖つけちまったんじゃ……
内心ビビってる俺の横で、リーナは平然と切り返す。
「金に汚いバスコの店の商品だ。ぼったくりと疑ってかかるのも当然だろう」
「金に汚ねえとはとんだ言い草だぜ。他の武器屋じゃ武器を売ってもらえないお前にも、武器を売ってやってるのが俺じゃねえか」
「こっちの足元を見て、二割増の値段で売りつける奴が何を言う。それで恩を着せるつもりなのか」
「まあまあ、あんちゃんもリーナちゃんも落ち着きや。確かにこの剣は、素人のうちが見ても刃こぼれがわかる中古品や。なのに敢えて高値をつけとるゆうんは、逆によっぽどの理由があるんとちゃうか?」
二重アゴが四重アゴになるくらいに顎を引いて、リーナが戻した剣をしげしげと見つめるおかん。
老眼が進んだせいで、ああして離れないと細かい部分がよく見えないらしいが、そんなおかんを見たスキンヘッドのバスコが目をみはった。
「へえ、賢者が店に来るのは珍しいが、やっぱり物の道理をわかってるのはさすがだな。そいつは、いわゆる “聖剣” ってヤツよ」
「聖剣!?」
今度はリーナが目を丸くする。
「おうよ。その剣はな、百四十六年前に現れた救世主が魔王を倒した剣と言われてんだ。だが、そのボロい見た目と信ぴょう性の低さに買い手がつかねえと武器商人が持て余してよ、流れ流れてこの辺境の村に辿り着いたってわけさ」
救世主の使った聖剣と聞いて、俺はもう一度その剣を壁掛けから外して握ってみた。
「なんやユウ君。その剣が欲しいんか?」
「んー……。俺が救世主かどうか、この剣が本当に聖剣かどうかは別としても、やっぱりこいつが一番しっくりくるんだよな。ただ、見た目のわりに値が張るっていうし、これに決めるのはちょっと……」
「ユウ君のその顔、ちっこい頃を思い出すわあ。あんた、欲しいおもちゃがあると、何も言わん代わりによくそんな顔をしとったわ」
凶悪なサーベルベアーの頭の下から、おかんが柔らかな笑顔を見せる。
ガキの頃の話を持ち出されて少々気恥しいが、おかんは何もかもお見通しってことか。
「よっしゃ。おかあちゃんに任しとき!」
おかんはそう言って胸をぼんっと叩くと、バスコのいるカウンターに歩み寄っていった。
「なあ、あんちゃん。あの剣はなんぼすんの?」
「二十三万クーナだ。なかなか買い手がつかねえから、これでも儲け度外視の安値をつけてるんだぜ。王都で売られてた時は、百万クーナの値がついてたって話だ」
バスコが得意げにそう言うが、おかんは話にならないとばかりに大袈裟にため息を吐く。
「店の方は好きに値段つけてお買い得やとか言うけどな。それが得かどうか決めんのは客やで。いくら値段下げても買い手がつかんかったら、値札はただの飾りやろ?」
「ま、まあ、それはそうだが……こっちにも仕入れ値っていうのがあるしな」
「仕入れ値ゆうたかて、売れん中古品やからゆうて、どうせ業者から買い叩いたんやろ? 主婦の目ぇからしたら、まだまだ値打ち品とは言えんなあ」
「ぐ……っ。それじゃあ、二十万クーナでどうだ? これ以上はびた一文まけらんねえよ」
「ほんまかいな? せっかくうちの息子が買う気になっとんのやで? これを逃したら、こんな眉唾モンの剣、次にいつ買い手がつくかわからんで?」
おかんは不敵な笑みを浮かべたまま、じりじりとバスコとの間合いを詰めていく。
対するバスコは、スキンヘッドから冷や汗が吹き出すほどの動揺っぷりだ。
「じゃ……じゃあ、あんたはいくらなら出せるって言うんだい?」
「そうやなあ……。十二万クーナっちゅうとこかいな。それ以上の値段やったら買う気ないわ」
「じゅ、十二万!?」
うわ、さすがのバスコも白目をむいた!
「オカンさん、確かにバスコは金に汚い男だが、この店は一応政府の認可の下りた武器屋だ。さすがにそれは値切りすぎでは……」
リーナが慌てて仲裁に入る。
「リーナちゃん、何言うてんの。こうゆうモンは値切ってナンボやで! 大阪の主婦を舐めたらあかん!」
いや、おかんは元々大阪人じゃないから。
二年間住んでただけで、未だに関西人気質が抜けないんだよな。
関東の電器店でやたらと粘って値切るのも、息子としてはマジでやめてほしいんだけど。
「こうしてもっともらしく壁に飾ってあっても、売れんかったら場所を取っとるだけや。せやけど、もし今ここでこの剣がはけたら、別の目玉商品が飾れるんやろなあ」
「う……っ」
「まあでも、あんまり無理ゆうても悪いしな。あんちゃんが納得できんなら、うちらが店を出るしかないな。ユウ君、リーナちゃん、別の店見てみよかー」
「わ……わかったよ! ただし、十三万クーナで頼む! それ以上はさすがに無理だ!」
くるりと背を向けたおかんに、とうとうバスコが泣きついた。
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