13 二股したら、おかんに首を絞められる?

 魔王城がこの村の近くに来たら、リーナがダークエルフに堕ちてしまう────




 そんなことはさせない。させたくない。

 そのために、魔王城の移転は何としても止めなくてはならない。


 それに、リーナがダークエルフになる可能性がなくなれば、村人達がリーナを嫌うことだってなくなるはずだ。


 俺の手を握るリーナの手から、やわらかな温もりが伝わってくる。


 リーナは命の恩人だ。

 俺やおかんが本当に救世主になれるのかはわからないが、彼女のために俺たちが何かできるのならば、努力を惜しむつもりはない。


「わかった。安請け合いはできないけれど、俺も魔王城移転を阻止するために、できる限りのことはするよ」


 俺がそう宣言すると、隣に座っていたおかんも大きく頷いた。


「せやで。リーナちゃんのためやったら、おかあちゃんもひと肌でもふた肌でも脱ぐつもりや! 魔王なんてけっちょんけっちょんに蹴散らしてやるで!」


 おかん、超のつくほどの安請け合いをしちゃったよ。

 だが、おかんならば、本当に魔王を蹴散らせるんじゃないかとも思えてくるから不思議だ。


「ありがとう……っ!!」


 リーナが半泣きの顔をぱあっと輝かせる。


 と、次の瞬間、握っていた俺たちの手を放し、俺に抱きついてきた!


「ちょ、リーナッ!?」


「ユウト、お前が立派な勇者になれるように、私が全力でサポートするからな! どうかよろしく頼む!」


「わ、わかったから離れろよ……!」


 リーナのすべすべしたやわらかな頬が俺の首筋に押し当てられて、心臓と下半身がどうにかなってしまいそうだ。


 っていうか、それ以上に、リーナが身につけたままの鋼の胴当てが硬くて痛い。


 さらに言えば、それ以前におかんの前でこんなことをされて、恥ずかしいことこの上ない!


「なんや、早速カップル成立かあ? 服屋でも新婚夫婦みたいにラブラブやったもんなあ」


 おかんがムカつくほどニヤニヤした顔で俺を覗き込んでくる。


 ミュシカさんと話し込んでたと思ってたのに、こっちのやり取りもしっかり見てたんだな!?


 くそう、おかんに女の子とのイチャコラを目撃されるほどこの世に恥ずかしいことはないぜ!


「いてててて!」


「あっ、すまない!」


 胴当てが当たる鳩尾みぞおちがあまりに痛くて声をあげたら、リーナはようやく体を離した。


 もしも今後俺に抱きつくことがあるのなら、胴当ては外した状態でお願いしたい。

 そして、次はどうかおかんのいないところでお願いします!


「そっ、そろそろ湯が沸いた頃だろう。私も一度自室に戻る。順番で浴室を使うといい」


 頬を赤くしたリーナはそれだけ言うと、あたふたと部屋を出て行った。


 抱きつかれたところをおかんに見られて気まずいので、俺もすぐにその後を追う。


「風呂はおかんが先に使ってくれ。俺は部屋で少し休んでるから」


「ほなそうさせてもらうわ。あ、ユウくん、それからな」


 ドアノブに手をかけた俺の背に、おかんが声をかける。


「いくら世界が違うゆうても、二股はあかんでー。女の子を泣かしたら、おかあちゃんがユウ君の首を絞めたるからなー」


「……はあ? 二股って、一体何のことだよ?」


「心当たりないんなら、別にええんやけどな」


「あるわけないだろ、そんなもん」


 わざわざ呼び止めるから何かと思ったら、おかんがまるで頓珍漢なことを言う。


 俺は呆れつつドアを開け、隣の部屋に戻ったのだった。



 ☆



 おかんとリーナに先に風呂を使ってもらい、俺は最後に浴室へ。


 浴室とは言っても、もちろん広々したユニットバスなんかじゃないし、当然ながらシャワーもない。


 木桶をでかくしたようなバスタブに湯が張られていて、その隣にでっかいかめがあり、その中にも湯が入っている。

 まずは瓶の中の湯で体の汚れを洗い流し、それから木桶のバスタブに浸かるという流儀だそうだ。


「お前さん方は魔法は使えないんじゃったかね?」


 バスタブの湯にシワシワの手を入れて湯温を確かめたエベリ婆さんが俺にそう確認する。


「はい。使えませんけど、それが風呂と関係あるんですか?」


「もちろんじゃよ。サラマンダーの力を借りねば、湯を沸かすことなどできまいて」


 サラマンダー?

 って、確か火の精霊だっけか。

 異世界だけあって、魔法が日常生活に溶け込んでいるってことか。


「ちいと追い焚きしておこうかね」


 エベリ婆さんは独り言みたいに呟くと、「フレイモン」と呪文らしき言葉を口にした。


 すると、水面にかざした手がぼわっと光り、その直後に木桶の水面を金色の炎が薄く覆った。


「すげ……。水の上なのに炎が消えないなんて」


「フレイモンはサラマンダー系の魔法の基本じゃよ。頭の中でイメージした物体を熱することができる。それ以外の物体を熱することはできんから、触れても大丈夫じゃ」


 婆さんはそう言って、炎の広がるバスタブの中に手を入れた。


「ちょっ、あぶな……」


 焦って止めようとしたけれど、しわくちゃの顔は微笑みを浮かべていて、これっぽっちも熱くないみたいだ。


「そろそろいい湯加減かね」


 婆さんが手を引っ込め、「フレイモフ」と唱えると、金色の炎がすうっと消えた。


「フレイモンが使えれば、物を熱するのは簡単じゃ。お前さんがこれから通う学校でも、一番に教わる魔法じゃろうよ」

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