12 リーナが嫌われる理由
「服屋のミュシカがリーナちゃんを随分と冷たくあしらっていたやろ? それが気になって聞いてみたんや。そしたら『リーナは村のみんなに嫌われてる』って言うたから驚いてなあ。こらリーナちゃんに理由聞いてみなあかんなと思うたんよ」
おかんと意気投合していたあの服屋の店員はミュシカっていう名前なのか。
それはともかく、無愛想だと思っていたあの態度も、相手がリーナだったからということか。
「……私が嫌われている理由を話すと少し長くなる。まずは宿に戻ろう」
そう言うと唇を引き結び、リーナは俺たちに背を向けて歩き出した。
その後は誰も口を開くことなく、リーナの祖母が営む宿屋へと戻った。
☆
しわくちゃ梅干し婆さんはエベリさんという名だそうで、エベリさんが風呂を沸かしてくれている間、俺たちはリーナに客室を案内してもらった。
親子ならば同室がよいかと聞かれたが、おかんが返事をする前に「別室でお願いします!」と即答した。
エベリさんの宿屋は一階に食堂や風呂場、エベリさんやリーナの居室があり、二階に客室が五つ、そのほかにトイレと洗面所があるとのこと。
宿泊客のほとんどが行商人や冒険者で、客室の定員は一~二名。
隣り合う俺とおかんの部屋はどちらも一人部屋で、ベッドの他に書き物のできる小さな机と椅子、造り付けの小さなクローゼットがある、こじんまりした部屋だった。
築年数はかなり経っていそうな建物だが、よく手入れはされているし、部屋も清潔に保たれている。
俺たちには荷物もないし、この部屋の広さで十分快適に過ごせそうだ。
湯が沸くまでの間、俺たちはおかんの部屋に集まり、リーナの話を聞くことにした。
リーナが村の人間に嫌われている理由。
それは、リーナの両親に関係することだった。
「村人達は、うちの一家を魔王に魂を売った裏切り者の家族だと非難している。だが、残念ながらそれは事実だ。私の両親は、ダークエルフとして魔王軍の一員となってしまったから……」
ベッドに腰掛けた俺とおかんに向き合う形で椅子に腰を下ろしたリーナが、そう切り出した。
元々この世界には、人口の五パーセントほどのエルフがいる。
世界各地に散らばり、その土地に根ざして暮らしているエルフだが、エルフ特有の性質として、魔族の発する
人里で暮らし、魔族に近づかずにいる分には、瘴気にあてられることもまずないので問題はないそうだ。
「ただ……私の両親は、二人ともエルフのずば抜けた射撃能力を生かした戦士だった。勇者や魔道士らとパーティを組み、魔族と戦い人民を守る誇り高きエルフであったが、戦いを重ねるうちに大量の瘴気を体に取り込んでしまった。その結果、二人ともがダークエルフに堕ちてしまったのだ」
魔王軍に寝返った両親は、愛娘であるリーナの元へ帰ってくることはなかった。
そのため、残された幼いリーナは祖母のエベリさんに育てられることになった。
当初は村の人々も、両親の悪口は言いつつもリーナには同情的であった。
しかし、魔王城の移転予定地が村のすぐそばに決まったあたりから、リーナに対する風当たりが強くなったそうだ。
「魔王城が近くにできれば、嫌でも魔族が集まり、強い瘴気がこの村にも漂ってくるだろう。そうなると、私が両親と同じようにダークエルフとなり村人達を傷つける側に回るのではないかと皆警戒している。魔王軍への恨みや怒りは私の両親への憎しみを呼び、魔王軍への恐怖は私への警戒を呼んだ。村長さんのように未だに私を気にかけてくれる人はいるが、大多数の村人に嫌われるのは仕方のないことなのだ」
「仕方のないことなんかじゃねえよ。リーナの両親は、もともと善良な人間を守るために戦っていたんだろ? そのことに感謝はなくて、ダークエルフに堕ちたことを恨むだけなのはおかしくないか。リーナだって、ダークエルフになるかどうかもわからないし、ならなければそれですむ話なんじゃないのか」
聞けば聞くほど村人達の勝手さに腹が立ってくるが、そんな俺に向かってリーナが首を横に振る。
「これまで魔族と戦うようなクエストは避けてきた私だが、魔王城が近くにできたら瘴気からは逃れられない。私だけではない。この村で暮らす数十人のエルフがダークエルフとなって、これまで共に暮らしてきた村民を傷つける側になってしまうかもしれない」
そこまで言って、リーナはうつむけていた顔を上げた。
翡翠色の瞳が涙を溜めて、切なげな光をたたえて揺らめいている。
リーナの涙に、ズキリと胸が痛くなる。
リーナは立ち上がると、俺とおかんの手を握り、こう言った。
「ユウト。オカンさん。あなた達がニホンから来た旅人でよかった。あなた方救世主の力で、どうか魔王を倒してほしい」
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