11 リーナは村の嫌われ者

 店のとっておき商品をゲットしたおかんのファッション────


 咆哮するタイガーの顔が前面にでかでかとプリントされた紫のトレーナーは、頭にかぶったフード部分が長い牙をもつ熊の頭(おそらく本物)になっている毛皮のマントに変わり、ヒョウ柄スパッツは爬虫類の皮で作られたタイツに変わっていた。


「ユウ君、リーナちゃん、どうや、これ。フェミニンなディテールに辛口ワイルドなエッセンスを取り入れた大人可愛いコーデやろ?」


「意味不明だよ、その注釈! 美容院かどっかの雑誌で仕入れたワードだろうが、一個も合ってねえから!」


 いやもうケダモノファッション通り越してケダモノどころかモンスター本体になってるから!


 ……というツッコミが喉まで出かかったが、薦めた店員さんもご満悦な様子だからぐっと堪える。


 リーナもさぞや呆れて────


「おおっ、これはドラキ山脈の秘境に住むハルマイト族の衣装だな! 知恵の回るオカンさんにぴったりだ」


「えっ!? 何それ、こんな野蛮なファッションの民族がいるのか!?」


 あ、つい野蛮って言っちゃった。


「何を言う。ハルマイト族は “賢者の村” と呼ばれるほど知能の高い民族なのだぞ。その知能の高さを悪用しようとする輩から身を守るために、獣やモンスターの皮を被って身を潜めつつ暮らしているのだ」


「へ、へえ……。そんな民族がいるとは、異世界も広いんだな」


 確かに、ハルマイト族を知らない者から見れば、どう見ても未開人か半モンスターにしか見えないだろう。

 擬態としての効果は多少はあるのかもしれない。


「毎度ありー」


 大量の服(とやたら値の張るケダモノファッション)を買い込んだ俺たちは、店員に上機嫌に見送られて店を出た。

 上客と見込んだのか、商品はその場で着たもの以外は後で荷車で届けてくれると言う。


 俺はリーナが見立ててくれたダークカーキのベストにリネンシャツ、黒いパンツにショートブーツという組み合わせに着替えた。

 ぶっちゃけ元の世界で来ていたTシャツやデニムパンツの方がずっと快適だが、汚れたリクルートスーツを着続けるよりはずっといい。


 おかんはあのハルマイト族の民族衣装とかいうケダモノファッションのまま店を出ようとしたが、万が一にも本物のハルマイト族と間違われて攫われるようなことがあってはまずいと俺が説得し、しぶしぶ普段着用にあつらえた服に着替えた。


 それもまた異世界にこんな服がよくあったなと驚くもので、体型は違えど某国民的アニメの主人公で魚をくわえたドラ猫を裸足で追いかけそうなエプロン姿というか、某猫型ロボットが居候している家のお母さんのような格好というか、とにかく昭和な雰囲気で、それはそれで似合っていると言えなくもない。


 ただ、おかん本人はかなり不服なようで、今度服屋にオーダーメイドで自分好みの服を仕立ててもらう約束を取りつけていた。


「ふう、着替えもできたし、これでようやく家に戻って休めるな。帰ったらすぐにおばあちゃんに風呂を沸かしてもらおう」


 そう言って先を行くリーナをじっと見つめながら後を歩いていたおかんが、おもむろに口を開いた。


「なあ、リーナちゃん」


「ん? オカンさん、どうかしたか?」


「リーナちゃんは、なんで村の人に嫌われとるん?」


「…………っ」


「な……っ、おかん、いきなり何てこと聞くんだよ!」


 超ド級ストレートを暴投したおかんに、リーナがぐっと喉を詰まらせて立ち止まった。


 おかんの真意ははかりかねるが、俺たちの命の恩人にあまりに失礼じゃないか。


 第一こんなに美しくて凛としていて、それでいて割と世話焼きのリーナのことを嫌う奴なんているわけない。


「リーナ、おかんがいきなり変なこと言ってごめんな。リーナのことを嫌う奴なんているわけないよ。だから気にす────」


「いや……。オカンさんの言う通りだ。私はこの村の嫌われ者なんだ」


「え……っ?」


 リーナがそう言って寂しげに淡い笑みを浮かべた時だった。


「あらやだ、エベリさんとこのリーナじゃないか」


「しばらく顔を見ないから、旅でくたばったと思っていたよ。またあの忌々しい顔を見ることになるなんてねえ……」


 おばさん二人が聞こえよがしにそう囁き合いながら、通り過ぎていったのだ。


「なんだ、あいつら。ひでえこと言いやがる。リーナに何の恨みがあるっていうんだよ!」


 憤りつつも、俺の心の片隅でずっと感じていた違和感の正体が、今この時にはっきりした。


 この村に着いたとき。

 村役場へ向かうとき。

 俺たち三人を見る村人の多くが、眉をひそめて冷たい視線を送っていたことには気づいていた。


 でもそれはきっと俺とおかんの出で立ちがあまりに奇妙だからに違いないと思っていたんだが……


 あの不快な眼差しは、すべてリーナに向けられていたのだ。

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