10 洋服選びは新婚夫婦みたいなノリで

「こんにちは」


 ベルのついた木製のドアをカランと鳴らし、リーナが店の中へと入った。


「どーもー」


 まるで常連客のような挨拶をするおかんに続き、俺も店内へと入る。


 間口が狭くて小さな店かと思っていたが中は案外広く、老若男女さまざまな人向けの洋服が並んでいるようだ。


「おや、リーナかい」


 カウンターで常連客らしき女性と談笑していた店員が顔を上げた。

 リーナと認めた途端、店員の顔からすっと笑みが引いたような気がしたが……。


「異国の旅人の服を見繕いに来たんだが」


「ああ、好きに見な」


 お客相手とは思えないぞんざいな態度だな。

 こっちの世界の商売人はみんなこんなに愛想が悪いんだろうか。


「なんや、あのオバハン。こっちの小汚いカッコ見て、あんな態度取ってるんかいな」


 いや、オバハン呼ばわりしてるおかんよりはあっちの方が若そうだが、それはそれとして、おかんもあの店員の態度は気に入らないらしい。


 けれど、リーナは大して気に留めていない様子で、陳列された洋服を見繕い始めた。


「この辺りが若い男性向けだな」


 手招きするリーナに歩み寄ると、確かにメンズのシャツや上着、ベスト、ズボンが棚に並んでいる。

 元々あんまり洋服にこだわる方じゃないし、正直何でもいいんだが……。


「こっちのファッションはよくわからないし、リーナが適当に見繕ってくれよ」


 なんの気なしにそう頼んだところ、リーナは翡翠色の瞳をいっそう丸くしたかと思うと、ぽわわっと急激に頬を赤くした。


「わっ、私がユウトの服を選ぶなど、そんな新婚夫婦のようなこと……っ」


「ええっ!? 服を見繕うのにそこまで考えるか、普通!?」


 リーナって、見た目クールビューティだけど、意外と妄想力たくましいんだな……。


 それじゃあ自分で選ぼうかと棚を物色し出したら、俺の横にリーナが割り込んできた。


「ユウトにはグリーン系統のベストが似合いそうだな」


 そんなことを言いながら、棚から服を出して広げては、俺の体にあてがいつつ、顎を引いて吟味している。


 頬の赤みはまだ残ってるが、何だかんだ言ってノリノリじゃないか。


 俺の方まで何となく照れくさくなって、ふいっと視線を泳がせる。


 と、さっきまでいた常連客らしいおばさんはいつの間にかいなくなっていて、カウンターではおかんが店員と盛り上がっていた。


「実は店に入ってきた時から気になっていたのよね~。あなたのそのファッション!」


「このセンスがわかるなんて、アンタもなかなかの審美眼をもっとるやないの」


「うちと取引のある部族の民族衣装じゃないわよ、それ。一体どこから仕入れたのよ?」


「これか? このヒョウ柄スパッツは巣鴨やけど、このトレーナーは大阪やで」


「スガモ? オーサカ? どっちも知らない部族だわ。こんなに素敵な衣装をつくる部族があるなんて、あたしもまだまだ勉強不足ってことね」


 あの無愛想な店員が、感心しきりといった様子でおかんのファッションを誉めそやしている。

 まさか異世界のファッション業界人がおかんのセンスを認めるとは思わなかった。


「わっ、これすごく似合う! ユウト、鏡の前に行ってみろ!」


 リーナの弾むような声で我に返り、俺は背中を押されて姿見の前へ進み出た。


「ほら」


 俺の背後に立ったリーナが肩越しに手を伸ばし、深紅の糸のステッチがアクセントになったダークカーキのスエード調ベストに、リネンみたいなざっくりした風合いのシャツの組み合わせを俺の上半身にあてて見せた。


 ってかこの態勢、後ろから抱きつかれてるみたいでドキドキするんですけど……!


「あ、ああ、まあ、いいんじゃないか」


「じゃあまずはこれに決まりだな! 次はこの組み合わせに合うズボンを選ぼう。あと二~三着は必要だし、寝間着もいるな。靴ももっと歩きやすいものがいいだろう」


 楽しげなリーナのペースに巻き込まれ、俺はすっかり着せ替え人形と化す。

 試着の文化がないのか、いちいち着替えさせられないのは楽だったが、姿見の前で服をあてるという作業を何度も何度も繰り返し、ようやく当面必要な服を揃えられた。


 さて、おかんはその後どうしたかな……?


 おかんをすっかり放置していたことを思い出し、店内を見渡したが、おかんの姿もあの店員の姿もない。


 どこへ行ったのかと思いきや、店の奥のドアがガチャリと開いて、かしましいおばさん二人の笑い声が飛び出してきた。


「どうもおおきに~! お茶までご馳走になった上に、とっておきの商品まで出してもろうてなあ」


「いいのよぉ。あたしとここまで深いファッション談義ができる人が現れるなんて思ってもみなかったんだから。センスのわからない客に物珍しさで買われるよりも、あんたに着こなしてもらえる方がずっといいしね!」


 そんな声と共に現れたおかんと店員。


 新しい服に身を包んだおかんは────


 ケダモノファッションを超越し、もはやケダモノそのものになっていた。


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