09 51歳はアラフォーではない

「ちょっと待ってくださいよ。勇者養成学校に通うのは俺なんですか? おかんじゃなくて?」


 さっきから皺に埋もれそうな眼差しをじいっとこちらにそそいでいる村長。

 その視線に嫌な予感を感じつつ確認すると、村長はさも当然と言わんばかりに大きく頷いた。


「もちろん、勇者になるのはおぬしに決まっておろう。養成学校の入学条件には年齢制限もあるのでな」


「ええ!? 勇者に年齢制限あるなんて失礼やなー。アラフォーはダメなん?」


 平時からフグのように膨らんだ頬をさらに膨らませて口を尖らせるおかん。


 おかんが救世主になるのではと俺も確かに思ったけど、自ら勇者志望してたなんてびっくりだよ。

 しかも、何しれっと年齢サバ読んでんの?

 おかん、今年で五十一じゃねーか。

 アラフォーの定義わかってんのかよ。


 心の中で怒涛のツッコミを入れまくる俺をよそに、村長はリーナに向かって今後の俺たちの処遇の相談を始めた。


「リーナが連れてきたということは、そなたの祖母の経営する宿に滞在してもらうということでええんじゃな。彼らの滞在費用や学費は村の歳費でまかなうことにする。手続きに要する書類もろもろはそなたが代行してやってくれ」


「わかりました。おまかせを」


 こうして俺とおかんは魔王城移転に反対するパウバルマリ村の救世主として迎え入れられ、衣食住を保障してもらえることとなった。


 もっとも、それは俺が勇者となって、魔王城の移転を阻むという前提条件があってのことなんだけど。


 日本に戻る方法がわからず、戻れるかどうかすらわからないのはもちろん不安だが、とりあえずこの異世界で生きながらえつつ、戻る方法を模索してみよう。



 ☆



 村役場を出た後、宿へ向かって歩きながら、リーナがずっしりと重そうな布袋を胸の前で掲げて見せた。


「村長から、二人の当面の生活資金を預かってきた。宿へ戻って休むには、清潔な衣服が必要だろう? 戻る前に、服を見繕うことにしよう」


 リーナからの提案を受けて、俺は改めて自分の服装を見回した。

 就活用のリクルートスーツのままの俺だが、寝る時は背広を地べたに敷いてたし、森の中を歩き通して相当くたびれて汚れている。

 確かに、こんな服ではせっかくのベッドでもゆったりと休めないよな。


「服を見繕うのは大賛成やけど、うちの審美眼にかなうファッションがこっちの世界にあるかが問題やなあ」


 そう言って、おかんがわざとらしいくらいに渋い顔をする。


 うん、確かにおかんのセンスに見合う服を見つけるのはなかなか難しいと思うぞ。


 関東では、しまむらをくまなく探してもなかなかお眼鏡に適う服が見つからず、結局行き着く先は巣鴨の地蔵通り商店街だもんな。


 村役場は石畳のメインストリートの最奥の突き当たりにある。

 リーナの婆さんの宿は、こちらから行くとメインストリートの中心にあるマーケットの手前の路地を入った所にあり、そこに行くまでの間に洋服屋があったはずだ。


 そこへ向かいながら、俺は改めて行き交う人々のファッションをチェックした。


 今がちょうど過ごしやすい季節なのか、もしくは一年じゅう温暖な気候なのか。

男性は大抵薄手の綿シャツにベスト、ゆったりしたズボンにブーツを履いている。

 馬車に乗ってるような金持ちっぽい奴はもっと光沢のあるシャツを着ていたり、ベストに凝った刺繍が施されている。


 中には古代ローマかアラブの国かっていう感じで、布を巻き付けたようなゆったりした衣装を着ている連中もいるが、現代日本で育った俺がしっくりくるのは、やはりシャツとベスト、ズボンの組み合わせだろう。


 ついでに女性のファッションも見てみたところ、こちらは男性のそれよりもかなり多彩だ。

 商店の女は大体シャツにエプロン、スカートといった実用的な服装だが、客の方はドレス姿に日傘を差したマダムもいれば、極端に布面積の小さいビキニみたいな格好の女もいて目のやり場に困る。


 ブラウスの袖がぷくっと膨らんで、襟元や胸元にフリルがついてる服なんかは、穂乃香によく似合いそうだ。


 しかし……おかんに似たファッションをしてる人はやっぱりどこにも見当たらない。

 おかんは一体どんな服を選ぶのやら。


 ちら、と隣を歩くおかんを横目で見てから、何とはなしにリーナを見やる。


 今の彼女は、自宅に戻ってすぐに俺らを村役場まで連れて行ったから、森の中で纏っていた鋼の胴当て姿のままだ。

 スエードっぽいショートパンツとロングブーツの間からのぞく絶対領域はガン見したい衝動を抑えるのが大変なくらい眩しくて、鎧の上からでもスタイルの良さは容易に想像できる。


 加えてサラサラの銀髪に翡翠色の瞳をもったこの美貌だ。

 リーナなら、どんなファッションでも魅力的に着こなすに違いない。


 そんなことをつらつらと考えているうちに、「この店がいいだろう」とリーナが足を止めた。


 看板の文字は読めないが、通りに面した大きなガラス窓には、可愛らしい刺繍のついたワンピースがディスプレイされていた。



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