08 飴ちゃんは救世主の証
「ニホンから来た旅人じゃと……!?」
畳二畳はありそうなでっかい机の向こうに座っていたしわくちゃ爺さんが、皺に埋もれていた両眼をカッと見開いた。
てか、この世界の老人は、みんな何千年生きてるんだよ。
干上がりまくって、水分ほとんど抜けちゃってるじゃないか。
村役場の村長室。
「ニホンから来た人間を連れてきた」と窓口でリーナが伝えると、俺たちはすぐにここに案内されたのだ。
「その者たちが本当にニホンからやって来たのだと証明できるものは何かあるかね……?」
村長のその言葉に、俺は背広の内ポケットにしまってあったパスケースを取り出した。
着の身着のままで異世界へ放り出された俺が持つ、唯一の所持品だ。
「証明になるかはわかりませんが、俺の学生証と通学定期のICカードです」
写真付きの学生証を村長の前に差し出したが、「文字が読めん」と一蹴された。
「ほな、これならどうでっしゃろ?」
そう言ったおかんが、例の四次元ポシェットから飴ちゃんの個包装を一つ取り出した。
まんまるでわりと大きめの、口に入れるとシュワッと泡が出てくるやつだ。
「ふむ、これは何じゃね?」
「飴ちゃんです。ちょっと小洒落て、キャンディとも言いますねん」
キャンディが小洒落た呼び方かどうかはともかく、村長は「キャンディか……!」と反応すると、机の後ろにある書棚からボロボロの本を一冊取り出した。
「確か、百四十六年前に現れた救世主について書かれた文献にも、そのようなものが記載されていたような……おお、あった、あった!」
パラパラとページをめくる手を止めて、村長は食い入るようにその文献を見つめる。
「なんでも、今から百四十六年前に西のプンテア帝国に現れたニホン人が、キャンディという食べ物を使って魔王の眷属を手懐け、魔王を破滅に追い込んだそうじゃ」
「マジかよ……。まさかその百四十六年前の勇者もおばちゃんだったりするのかな」
日本から飛ばされてきた身で、肌身離さず持っていたものが飴ちゃんだとしたら、その可能性は大いにある。
村長はパタリと本を閉じ、俺とおかんの方に向き直った。
「あなた方がニホンから来た人間であれば、このパウバルマリ村は村をあげて歓迎いたします。やはり世界の
飴ちゃん一つ見せただけで救世主認定されかけて、俺は慌てて言い返した。
「いや、待ってください。確かに俺たちは日本から来ました。けど、この世界の救世主なんてご大層な人間かどうかはわかりませんよ」
「しかしですな……。このタイミングで、この辺境の村にピンポイントでニホン人が現れるなど、わしには神の思し召しとしか思えんのじゃ」
「このタイミング? それってどういう……」
「実は、このパウバルマリ村近郊の森に、一年後に魔王城が移転してくるという通達がありましてな。住民は反対運動をしておるんじゃが、大陸の強国達が決めたことで、どうにも
お上から一方的に施設の移転を決められて、建設予定地の住民が反対運動を起こすって、元いた世界でもちょくちょく耳にするニュースに似てるよな。
「ってことは、救世主に求められるのは、魔王を倒して、魔王城の移転を阻むってことですか? ただの一般市民の俺たちにそんな力があるとは思えないんですが……」
おかんがただの一般市民かどうかはともかくとして、少なくとも俺にそんな面倒事を片付ける能力があるとは思えない。
たまたま日本から飛ばされてきたってだけで救世主に仕立てあげられるなんて、プレッシャーが大きすぎる。
……って、待てよ。
救世主に仕立てあげられようとしてるのは、もしやおかんの方なのか?
救世主の証である飴ちゃんを持っていたのはおかんだし、現に今、となりにいるおかんは「おかあちゃんに任しとき!」という顔をして堂々と立っているじゃないか。
ってことは、救世主はおかんの方で、俺はむしろ付き添いのモブなのか。
だとしたら、とりあえずおかんが救世主候補ということにしとけば、無一文でもこの村にしばらく滞在させてもらえるかもしれない。
四次元ポシェットの飴ちゃんを質屋に高値で売ったところで、二人分の生活費なんてあっという間になくなりそうだし。
「何、救世主が救世主たるに十分な力を初めから備えておるなどという都合の良い条件は、わしも期待しておらんよ。幸い魔王城の移転までは一年の猶予があるし、この村には勇者を養成する学校もある。まずはこの村で暮らしながら学校に通い、勇者を目指してもらうのが妥当なステップじゃろうな」
そう言って、しわしわの口元でにいっと歪めた村長。
その深い皺の奥に挟まった目は、確かに俺をとらえていた。
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