05 パヤパヤの茎はインの味

 リーナがやたらと俺を心配するので、火の番をお願いして横になることにした。


 とは言え、俺の出で立ちはリクルートスーツ。

 寝づらいことこの上ないが、仕方ないので背広を脱いで敷物代わりにし、ワイシャツが汚れないように気を遣いながら横になる。


 今どき終電逃したサラリーマンだって、こんな風にベンチで横になったりなんかしないよなあ。


 サラリーマンと言えば……俺とおかんが二人同時にいなくなったら、残された父ちゃんはどうするんだろう?


 俺たちって、元の世界ではやっぱ交通事故で川に転落したことになってんのかな。


 遺体が見つかったりするんだろうか。

 見つかっても行方不明でも、父ちゃんはショックを受けるだろうな。


 ……父ちゃんだけじゃないや。

 友達だって、隣の家のおっちゃんおばちゃんだって、そして幼なじみの穂乃香だって、みんな驚いて悲しむだろうな……。




 あっち日本では、事故ったのは朝の八時過ぎだったはずなのに、飛ばされたこっちの世界では夕方に近い時間だった。

 時差ボケ的なのがあるだろうし、色々考えて眠れないだろうと思っていたのに、疲れているのか現実逃避なのか、俺はあれこれ考える間もなく、再び眠り込んでしまった。



 ☆



 夜が明け、目を覚ますと、いつの間にか焚火はかなり小さくなっていて、リーナは座った姿勢のままうつらうつらと船を漕いでいた。


「おかん……?」


 辺りを見回したが、おかんの姿がない。




 まさか、よりによって俺らの中で一番のゲテモノがモンスターに襲われたのか……!?




 そんな杞憂は、次の瞬間に霧散した。


 人の背ほどの高さのある茂みから、おばちゃんパーマが覗いていたのである。


 古今東西、異世界広しと言えど、あんな完璧なおばちゃんパーマはおかん以外に有り得ない。

 いや、異世界が広いかどうかは知らんけども。


「ユウ君、起きたんかー。朝ごはんになりそうなものゲットしてきたでー」


 おかんの顔よりもまずトレーナーの腹にプリントされたタイガーがにゅっと出てきて一瞬ビビったが、登場したおかんの両手にはサトウキビみたいな太い茎が数本ずつ握られている。


「おかん、それ何? 食えんのか?」


「何かは知らん。食えるかどうかは、食うてみりゃわかるやろ」


「そりゃ食ってみりゃわかるだろうが、毒だったらどうすんだよ!?」


 何を基準に「朝ごはんになりそうなもの」と判断したのかまったく謎だが、呆れる俺に構うことなく、おかんはその茎の表皮を剥き出した。


「ほら、なんやプルプルしてゼリーっぽいやろ? フルーツみたいな甘い香りがするし、水分補給にもなりそうや」


「ちょっ、まずリーナにどんな植物か確認してから───」


 俺の制止は及ばず、おかんはその茎の中にあるのゼリー状の何かに口をつけた。

 ずずっ、とそれをすすり、ごくん、と喉を鳴らす。


 あー……何の躊躇いもなく飲み込んじゃったよ。


「あ、これ、あれや。インとかなんとかゆう、ゼリー飲料ってやつ。 ほら、ユウ君が熱出した時におかあちゃんが買うてきたことあるやろ? あれと同じ味がするで」


 世紀の大発見でもしたかのように、おかんがドヤ顔でその茎を差し出す。


「……おかん、本当に何ともないのか?」


「何ともないどころか、さっぱりしていて美味しいで。ユウ君も食べてみ?」


 おかんが茎の表皮を剥いた一本を俺に差し出す。


 確かに透明でぷるんと艶やかな中身は、起きたての乾いた喉をすっきりと潤してくれそうだ。


 恐る恐るそれを手に取って、おかんの真似をしてずるる、と啜ってみる。


「確かに、これはゼリー飲料みたいだな……」


「せやろ? 三本ずつでも食べれば、それなりに腹も膨れそうや」


 俺とおかんがそんな会話を交わしていると、「う……ん」と微かな声を漏らしてリーナが目を覚ました。


「リーナちゃん、おはよう」


「私としたことが、火の番をしながら寝てしまったようだな……すまない」


「火は消えておらんし、そない気にすることないって。それよりリーナちゃんもこれ食べるか?」


 立ち上がって腰を伸ばしたリーナに、おかんが例の茎を差し出す。

すると、リーナはそれを見て翡翠色の目を丸くした。


「これはパヤパヤじゃないか! オカンさんはこの植物を知っているのか?」


「いや、知らん。食えそうやなーゆう勘がはたらいただけや」


「確かに、パヤパヤの茎は水分補給によく口にするものではあるが……」


 そこまで言ったリーナが、少し眉をひそめた。


「パヤパヤは利尿作用が強い植物でもあってだな。食べた直後からしばらく尿意が治まらなくなるのが少々厄介で────」


「ほんまや! おかあちゃん、急におしっこしたくなってきた!」


「マジか! 公衆トイレなんかもあるわけないし、その辺でするしかないだろ」


「せやかて、野ションベンじゃ音姫もないしなあ」


「どうせ心配するなら拭くものがない方を心配しろよ! ってか、どうせおかんは音姫なんてあっても使わねえだろ!?」


「失敬やな。なんでユウ君にそんなことわかるん?」


「だっておかん、家のトイレだって、いつもドア全開にしてるじゃねえか。おかげでいつも丸聞こえなんだよ!」


 リーナの前で家の恥を晒した俺だったが、その直後に俺も強烈な尿意をもよおし、慌てて茂みの中へ駆け込んだのだった。



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