06 おかんの四次元ポシェット

 就活の面接に向かう途中で交通事故に遭い、いきなり異世界らしき森へ飛ばされた俺とおかんだったが、運良く現地人ならぬ現地エルフのリーナと出会い、彼女の村まで連れて行ってもらうことになった。


 歩いて三日もかかる村までのほとんどを森の中を進み続けたのだが、おかんの勘とリーナの知識のおかげで食糧に困ることはなく、体力もそれなりに維持しつつ何とか凌ぐことができた。



 ☆



「ほら、向こうに集落が見えてきただろう。あれが我がパウバルマリ村だ」


 広い広い森を三日かかってようやく抜けたところで、開けた視界の向こうに小さく見える街並みを指さし、リーナがそう告げた。


「ああ、ようやく人の住む場所に辿り着けるのか……」


 感慨深く呟いた俺のリクルートスーツは汚れてくたくたになっている。

 一昨日、ぬるま湯の湧き出る泉を見つけて体を洗うことはできたものの、当然石鹸やシャンプーなんかもなかったわけで、一刻も早くしっかり汚れを落として、ふかふかのベッドにダイブしたい。


 そんなことを考えているのは俺だけなのか、平素と変わらずパワフルなおかんが手のひらで目の上に庇をつくって遠くを見つめる。


「へえー。村ゆう割りには結構な規模がありそうやな」


「そうだな。パウバルマリ村は、東西に位置する大国を結ぶルート上にあるから、宿が多く、人の往来が盛んなのだ。森や山脈、渓谷に囲まれていて次の宿場町まではかなりの距離があるため、旅人は必ずといっていいほどこの村に滞在する。食糧や物品の補給基地ともなっているから、活気があって比較的豊かな村なのだ」


 リーナの説明を聞いて、俺は期待していたベッドへのダイブができないことに気がついた。


「宿があるとは言ってもなあ……。俺たちはこっちの世界の通貨を持っていないんだ。村へ行くのはいいが、この先どうすればいいのか……」


「ユウ君、何をぐずぐず言うてるん? お金がないなら、つくればええだけやないの」


 不安になった俺の言葉に、呆れたようにおかんが返す。


「金なんて、どうやってつくるつもりだよ?」


「リーナちゃんとこの村には、リサイクルショップとか質屋みたいなお店はあるん?」


 俺の質問におかんは答えず、リーナに質問するおかん。

 リーナはこくんと頷いた。


「不要品を買い取ってくれる店はあるが、オカンさんは何か売れそうなものを持っているのか? 宿の心配なら、私の祖母が小さな宿屋を営んでいるから、そこに頼めば当面の心配はいらないが……」


「リーナちゃんの好意にはもちろんべったり甘えるつもりやけど、それにしたって先立つモンがまったくないのはさすがに不安や」


 おかんはそう言うと、自分の脇腹あたりをゴソゴソとまさぐりだした。


 そこで俺は初めておかんが小さなポシェットを斜めがけしていることに気がついた。

 トレーナーの真正面にプリントされたでかいタイガーがインパクトありすぎて、ポシェットの存在感は皆無だな。


 しかもあれ、よく見たら俺が小学校の家庭科で作ったウォールポケットじゃないか。

 あの歪なスマイルマークの刺繍に覚えがあるが、捨てたはずのあれをこっそりリメイクしていたとは。




「これなんかどうやろ?」


 おかんがポシェットから出したのは、大量の “飴ちゃん” だった。

 井戸端会議に集まった友人や近所のガキに配り歩く、関西のおばちゃんのコミュニケーションツール、飴ちゃん。


 しかし、それだけ大量の飴ちゃん、どうやったらあのちっこいポシェットに入るんだよ。

 四次元ポシェットかよ。


「綺麗な包み紙に入っているが……これは何だ?」


 おかんの両手では持ちきれず、片手いっぱいに飴ちゃんを握らされたリーナがしげしげとそれを見つめる。


「飴ちゃんやで。この世界にキャンディはないんかな」


「飴ちゃん? キャンディ? そんなものは聞いたことがないな」


「せやろ? そしたら飴ちゃんはきっと高う売れるで。リーナちゃん、一個食べてみるか?」


 一度取り出した飴ちゃんをポシェットの中にしまうと、おかんはそのうちの一つの包装を破り、リーナにすすめた。


「固くて少しベタベタするが、色も綺麗でいい香りがするな」


 三角のピンク色のキャンディを指でつまんで観察していたリーナがそれを口の中に放り込む。


「……なんだこれはっ! ものすごく甘くて美味しいっ!」


「糖分補給が効率的にできる、おかあちゃんの必須アイテムや。こっちの世界に飴ちゃんがないんなら、質屋に相当ふっかけられるやろ」


 ニヤリと不気味な笑みを浮かべるおかんだったが、この時ばかりはそんなおかんの図太さを頼もしいと感じたのだった。

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