04 寝ぼけてるせいでここにいるんだと思いたい
おかんはこんな状況でよく眠れるよなあ……。
いきなり現代日本とはかけ離れた世界に飛ばされてきたら、普通は恐怖と不安で眠ることなんかできないだろう。
決して俺が神経質ってわけじゃないよな……。
サバイバルの経験が生きているのか、元々の性格なのか、おかんは昔から順応性が異様に高い。
俺が小学生の頃、親父の転勤で二年間だけ大阪に住んでいたことがあるのだが、引っ越して三日でおかんはなんちゃって大阪弁をマスターし、ファッションまで大阪のおかんになりきっていた。
社宅のママ軍団を一週間で牛耳り、随分と楽しい主婦ライフを送っていたようだ。
おかんが未だになんちゃって大阪弁を使い、関西のおばちゃん風ファッションに身を包むのも、大阪での暮らしにすっかり馴染んだからのようだ。
こんな非常時だけは、おかんのその順応性の高さがちょっと羨ましくもある。
ため息を吐いた俺は、今度はリーナの方を見た。
あんまりジロジロ見るのは失礼だと思って遠慮していたが、リーナは思わず見とれてしまうほどの美人だ。
体を横に向け、こちらに顔を見せて寝ているから、ついその顔立ちに視線が吸い寄せられてしまう。
何日も旅をしているはずなのに、さらさらとした銀髪。肌も白く、あまり汚れていない。
川や池で水浴びでもして清潔さを保っているんだろうか。
……と、裸で水浴びするリーナの映像が脳内再生されそうになり、俺は慌てて首を振った。
そして改めて彼女を見て、銀髪の間から尖った耳がのぞいていることに気がついた。
この耳の形……この美貌……。
もしや、彼女はエルフってやつじゃないだろうか。
てっきり俺より年下だと思っていたけれど、意外と何百年も生きているとか?
そんなファンタジーな種族に会うなんて、やっぱりこれは夢の中だとしか思えない。
夢ならば、少し眠って目を覚ませば現実の世界に戻れるんだろうか。
今日あった色んなことすべて、数時間も経たないうちにおぼろげにしか思い出せなくなって、いつもどおりの日常を取り戻せるんだろうか。
カクタウロスのガムナの葉包み焼きの味とリーナのことを忘れてしまうのは、ほんの少し残念かもしれないけれど────
そんなことを考えながら、俺は揺らめく小さな炎を絶やさぬように枝をくべ続けた。
☆
“……ト。ユウト”
ぼんやりとした意識の中で、俺の名を呼ぶ声がする。
この声は……
……あー、やっぱりさっきまでのは夢だったんだな。
けど、なんで俺は穂乃香に起こされてんだ?
あいつ、また俺の部屋に勝手に上がり込んできたのかな。
そういうとこ、幼稚園の頃から変わんないけど、お互いもういい歳なんだし、いい加減そういうのは────
「ユウト。そんな体勢じゃ辛いだろう。火の番は変わるから、横になるといい」
涼やかで、凛とした声に、俺の意識がはっきりと呼び起こされた。
「ん、あ……?」
「随分と長いこと起きていたんだな。お陰でたっぷり睡眠を取らせてもらった。今度はユウトが休む番だ」
目をこすった俺の顔を、銀髪の美少女が覗き込む。
二、三秒して、それがリーナであり、俺は焚火の番をして丸太に腰掛けたまま居眠りしていたようであり、ここが現代日本とは程遠い異世界であることを思い出した。
「畜生……。やっぱ夢じゃないのかな、これ」
「ユウト? 寝ぼけているのか?」
「いや……。むしろまだ寝ぼけてるせいでここにいるんだと思いたいけど」
「ははっ。妙なことを言う奴だ。妙と言えば、ユウトもオカンさんも、私が見たことのない変わった服装をしているが、どこの地方から来たのだ?」
確かに、おかんのファッションは俺が見ても変わっているが、俺のリクルートスーツもこっちの世界では存在しないのか。
鎧やリュックなど、リーナの装備を見てもこの世界の文化水準は近代以前のような気がする。
「日本っていう国から来たんだ。リーナは知ってるか?」
「ニホン……? 初めて聞く名だな。かなり遠く離れた国なのだろうな。ここに来るまでは何ヶ月かかったんだ?」
「それがさ、気がついたら日本からいきなりこの森に飛ばされてたんだ。何が起こったのか、俺にもさっぱりわからない」
「そうか。やっぱりユウトは妙な奴だな」
一縷の望みを賭けて尋ねたものの、やっぱりリーナは日本を知らなかった。
そうなると、俺とおかんがここから戻る
その事実を突きつけられて、心に鉛を流し込まれたように重苦しくなる。
けど、そんな状況でも、俺のことを「妙な奴」だと言うリーナの笑顔に、少しだけ救われたような気がした。
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