03 焚き火を見つめて考える


「うっま…!」


 はふはふと口の中で熱い肉を転がしながら、リーナが声をあげた。


「せやろ? おかあちゃんの勘に間違いはないねんて!」


 おかんが脂でテラテラした口角を上げて、得意げに俺たちを見る。

 トレーナーにプリントされた咆哮するタイガーがおかんの突き出た腹と焚火のせいで妙な立体感を持ち、まるで人と虎、二つの頭をもったモンスターのように見えなくもない。

 こんなおかんを見たら、モンスターの方が恐怖で逃げ出すに違いない。


「まさか、カクタウロスの肉がこんなに美味いものだとは思わなかった。わが村では魚や豚は食べるが、モンスターを食べる風習はないのだ」


「ほな、リーナちゃんが今度村の皆に勧めたらええねん。人を襲うような怪物を退治できるし、自分らの食糧にもなるしで、一石二鳥やん」


「オカンさんの発想力はすごいな!」


 美味い肉を夢中で食べ終えた俺は、満腹を感じつつも食べ終えてしまったことを少々残念に思いながら、再び炎を見つめた。



「さて、オカンさんのおかげで腹も膨れた。明日から三日間は歩きどおしになるから、さっさと寝ることにしよう」


 カクタウロスのガムナの葉包み焼きを堪能したリーナは、リュックサックのような背負い袋から薄いマットのようなものを取り出して広げ、剣をいたまま横になった。


「焚き火はこのままにしておくのか?」


「大抵のモンスターは火を恐れるから、そのままにしておいた方が安全だろう。だが、そうすると交代で火の番をする必要が出てくるが……」


「俺やおかんはリーナと違ってモンスターが襲ってきたらひとたまりもない。俺が火の番をするから、焚き火は燃やし続けよう」


 もしかしたら、モンスターに襲われてひとたまりもないのは俺だけかもしれない。


 カクタウロスの意外な美味しさを見出したおかんはどうやら調子に乗ったらしく、「他のモンスターもいけるんちゃうかな」とモンスターの出現を心待ちにしているようだ。

 今のおかんの目には、モンスターは恐ろしい敵ではなく、魅惑の食材としてしか映っていないに違いない。


「女の子を休ませて自分が火の番を引き受けるなんて、ユウちゃんも男らしいとこがあるやないのー。ほな、おかあちゃんも女の子やさかい、休ませてもらうで。おやすみー」


 さすがはサバイバル慣れしているおかん。


 「女子だったのは何十年前の話だよ!」という俺のツッコミをシカトし、虎のトレーナーとヒョウ柄スパッツのまま地面にごろんと横になったかと思うと、すぐにいびきをかき始めた。


 リーナも程なくして眠りに落ちたようで、静まり返った夜の森には、遠くに響く怪鳥の鳴き声と、目の前で薪の燃える音だけがする。


 本当はリーナにこの世界のことを色々と聞きたかったが、彼女は自分の村に帰るために今日も一日歩きどおしだったらしい。

 そんな彼女を夜遅くまで質問攻めにするのは可哀想だ。




 夢ならば、覚めてしまえば忘れてしまうから、あれこれと聞く必要もない。

 夢じゃなければ──その可能性は全力で否定したいが──結局百聞は一見にしかず。自分が色々と体験することでしか、この世界がどういうところかを理解することはできないだろう。




 そんなことを考えながら枝を火にくべて、俺は高いびきをかくおかんを見やった。


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