02 カクタウロスのガムナの葉包み焼き

 焚火の周りに点々と転がる、葉っぱに包まれた肉塊。

 それはつい先ほど、異世界に飛ばされたばかりの俺とおかんに襲いかかり、リーナにあっけなく倒された、カクタウロスと呼ばれる牛ゴリラのなれの果てだ。


「私もカクタウロスの肉など食べたことがない。だが、が食べられそうだと自信満々に言うし、私も三人分の食糧は持っていない。食わねば身がもたんだろう」


「おかあちゃんの勘を信じやー。肉の断面から推察するに、こいつはぎゅうに近い味がするはずや。リーナちゃんとこの村に辿り着くためには、歩いて三日もかかんのやろ? 腹が減っては戦ができぬ、やで!」


「この状況で腹が減るおかんの適応能力に呆れるよ……」


 血しぶきをあげて倒れ、動かなくなったカクタウロスを食糧にしようと言い出したのはおかんだ。


 異世界に飛ばされた直後に、自分を襲ってきたモンスターを食べようとするその思考回路はマジでおかしいと息子ながら思う。


 しかし、若かりし頃に自分探しの旅と称し、東南アジアや南米の熱帯雨林で三年間のサバイバル生活をしたという人物だ。

 この手の超アウトドア料理に関してだけは、おかんの勘は信じるに値するだろう。




 もっとも、そんなおかんでも、賞味期限切れの食品に関して「臭いもせんし、これはまだいけるで!」と断言する時の勘は、当てにならないこともままあるのだが。




 カクタウロスの肉を巻いたガムナという葉っぱは、さっき薪拾いの最中におかんが見つけた植物だ。

 なんでも、バナナの葉に似ているから、これで肉を巻いて蒸し焼きにしたらうまく火が通るはずだと言う。


 その ”カクタウロスのガムナの葉包み焼き” に均一に火が通るよう、おかんが時々転がしている。




「そろそろええ具合に焼けてきたんとちゃうか~♪」


 あち、あち、と言いながら、おかんがコロンとした “カクタウロスのガムナの葉包み焼き” を指先で摘み、俺とリーナの前にころんと放った。


 この中に、さっきのキモコワイ牛ゴリラの肉が入っているのか……。


 あまり気は進まないが、夢の中だと思えば怪物を食う経験をしてみるのもまた一興だ。


 火傷しないように、指先でやわらかな葉をめくる。

 すると、ほわんとした白い湯気とともに、脂の溶け出た芳醇な肉汁の香りとガムナの葉の爽やかな香りが混ざり合い、俺の鼻腔をくすぐった。



 あれ? なんか、すげー旨そうな匂いがする……!!



 その香りがフックとなって、現状に適応できていないはずの俺の脳から、空腹という意識が突如引っ張り上げられる。


「予想以上に旨そうだな!」


 広げた葉の両端を持ち上げ、リーナも鼻をひくつかせて肉の匂いを嗅いでいる。


 時間をかけて蒸し焼きになった牛ゴリラの肉は、生肉だったときのどす黒い赤から良い具合に火の通った茶褐色に変わっている。


 肉の表面には、ガムナの葉で巻く前に、おかんが ”ソルタム” という調味料を塗り込んでいた。

 ソルタムというのは、リーナの村で使われている、木の樹液を煮詰めたゲル状の塩だそうだ。

 そのソルタムが蒸し焼きによって滲み出た肉汁と混ざりあって、炎を反射してきらめくほど潤沢に肉の表面を覆っている。


 小枝をフォークがわりに、縦に走る肉の繊維に沿って割ってみると、肉は意外なほどにほろりと崩れ、新たな湯気と香りがふわりと立ち上る。


 空腹を強烈に意識させられた今、この香りと肉の感触に抗えるわけがない。


 それはおかんもリーナも同じだったようで、俺たち三人は躊躇うことを忘れて葉っぱに顔を埋め、肉を口いっぱいに頬張った。


 歯を当てた瞬間からほどけていく肉の繊維。

 噛んだ途端に口の中を潤していく熱い肉汁。


 程よく脂が溶け込んだ濃厚な肉の旨みが、白飯が欲しくなるような塩気とともに、口内の隅々まで行き渡る。


 それと同時に鼻を突き抜けていく、ソルタムのスパイシーな香りがまた堪らない。

 早く次の一口を、とエキゾチックな美女が誘惑するかのように俺の本能を揺さぶってくる。


 柔らかな肉を難なく喉に送り込むと、ソルタムと肉汁の濃厚な味わいの後で、ハーブのようなガムナの葉の香りが爽やかな風になって通り過ぎた。


 これは……


 う、旨い……っ!!!


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