異世界ライフ with おかん ~俺のチートアイテムは、まさかの『うちのおかん』だった~

侘助ヒマリ

第一章 異世界転移 with おかん

01 なぜ俺は異世界でおかんと焚火をしているのか


 俺は今、深い森の真ん中で焚き火を見つめている。


 揺らめく炎にぼんやりと視点を置いたまま、今、俺が置かれている “この状況” を理解しようと努めている。


 これは夢なのか。現実なのか。

 俺がいるこの場所は一体どこなのか。






 そしてなぜ、俺はとこんな場所で焚き火をしているのか――。






「……くーん。ゆうくーん。聞いとるかー」


 おかんの声ではっと我に返る。

 炎の向こう側に見えるのは、牙を剥き出しにして咆哮するタイガーだ。





「悠くんとこにある枝をくべてぇな。火力強くせな、肉が焼けへんで」


「あ……、ああ……」


 俺は言われたとおりに手元にある枝を数本つかんで、火の中にくべる。

 パチパチと音を立てて、小枝の先が赤く灯る。


 俺はその光景をなんとはなしに見つめながら、さっきから自分が受け入れられずにいる “この状況” を、もう一度頭の中で整理してみることにした。



 ☆



 ただいま絶賛就活中の俺。 



 今日は、とある会社の一次面接に行く予定だった。



 最寄り駅まではバスで向かうつもりだったが、過保護なおかんが車で送ると言ってきかないので、しぶしぶ助手席に乗った。


 川沿いの道を走っているときに、T字路から突然トラックが飛び出してきた。

 トラックを避けようと、慌ててハンドルを切ったおかんは川沿いのガードレールに激突、トラックが車の後部に衝突した勢いもあって、俺たちの乗った車はガードレールを突き破った。


 大雨の後で増水していた川に転落したところまでは覚えているのだが――


 次に意識を取り戻したときには、この見慣れない森の中におかんと二人で投げ出されていたのだった。




 濃紺のリクルートスーツに革のビジネスシューズという出で立ちの俺。

 タイガーの顔面がでかでかとプリントされた紫色のロングトレーナーに、ヒョウ柄スパッツという出で立ちのおかん。


 二人とも車もろとも川に転落したはずなのに、衣類はまったく濡れていなかった。


 そして……


 見慣れない葉の形をした針葉樹林。

 呼吸をしていてもどこか違和感のある空気。

 突然現れて俺たちを襲ってきた牛ゴリラカクタウロス――


 クエストを遂行した帰りだというリーナが偶然俺たちを見つけていなければ、俺たちはあの牛ゴリラの餌食になるところだったのだ。



 ☆


 そこまでを回想し、俺はふと横に座るリーナを見る。


 中世の戦士が身につけていそうな鋼の胴当てをまとった、銀髪に翡翠色の瞳をした、年のころは十七、八と思われる美少女だ。


 見事な弓の腕で牛のようなゴリラのような怪物モンスター、カクタウロスの目を射抜き、奴が悶絶したところへ飛び掛かり、剣で頸動脈を斬り、彼女の三倍はあろうかという巨体を難なく仕留めた。

 いくら非現実的な世界とは言え、この強さは只者じゃあない。


 焚火を見つめていたリーナが、俺の視線に気づいてこちらを向いた。

 俺がよほど不安げな目をしていたのだろう。

 ふっ、と微笑むと、凛とした口調で俺に話しかける。



「ユウト、今この場であれこれ考えても仕方ない。まずは腹ごしらえして山を下りよう。私の村へ着いてから、今後のことは落ち着いて考えればいい」


 俺とおかんの出で立ちから、彷徨さまよい人であると悟ったリーナは、俺たちを自分の村まで連れて行ってくれると言う。


 おかんは『助かるわぁ!』と世話になる気満々だったが、俺としては、歩いて三日もかかるリーナの村へ辿り着く前に、なんとか現実世界へ戻りたいと思っているんだが……。


「そうは言うけどな、リーナ。俺は今のこの状況を現実として受け止められないでいる。それなのに、あんなバケモノの肉なんて食えるわけないだろ!?」


 俺はそう言って、焚き火を囲むように点々と転がる、葉に包まれた肉塊を指さした。

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