第37話 事件担当

「赦しがほしい、ですか。自分の犯した罪に応じた罰を受けて赦されたい、それがムラサキさんが自首をした理由なんですね……?」

「は、はい……」


 老年の刑事の言葉に首を縦にする。

 刑事は私の返答に、何かを考えるようにしばらく目を瞑って、それから再び口を開いた。


「ムラサキさん。私はね、あなたの後悔も罪を償おうという姿勢も正しいものだと思います。あなたが仰る通りしかるべき罰を与えて、黙っていればあなたが一生1人で背負わなくてはいけない重荷を少しは軽くしてあげたいなと思っています」

「そ、それじゃあ……」


 ここで私は逮捕されて、そして、夢のように幸せな日々がとうとう終わってしまうんだな。

 そう思って、目を閉じた。

 しかし、


「――でもねぇ、すみません。どうやら私たちにはあなたに罰を与えることができないようなんです」

「……え?」


 その言葉に、耳を疑った。目を見開く。


「ば、罰を……与えることができ……? え……?」

「えぇ、今までの自分の過ちを償いたいムラサキさんにとっては、もしかしたら残念なお話になるのかもしれませんが……あなたはねぇ、私たちが判断できるところの『犯罪者』ではないんですよ」

「ど、ど、どういう、こと……ですか……?」

「まずですねぇ、帝京駅置き引き事件の犯人はムラサキさん、んですよ」

「――へ?」

「犯人は別にいて、すでに特定して拘留済みなんですよ。あとは検察に引き渡すだけ。今夜辺りにでもネットニュースでまた流れるんじゃないかなぁ……。『帝京駅置き引きの容疑者逮捕』って。あ、これまだオフレコですよ? なっはっはっは……」

「へ、へ……?」


 犯人がすでに、拘留済み……? 私は呆然とするしかない。

 緊迫した空気を追いやるように明るく笑うその刑事が言った言葉の意味が理解できていないのだ。

 だって、だって置き引きをしたのは私なのだ。それなのに、いったいなぜ……?

 

「私もビックリしたんですよぉ? ついさっき犯人をしょっけて、自白も引き出せた。さぁひと息吐こうと思ったところに『帝京駅置き引き事件の犯人を名乗る女性が自首をしてきました』、なぁ~んて林ちゃん……総務課の窓口の子から内線を受けたんですから。『どういうことだ? じゃあ私がさっきとっ捕まえてきたのは何なんだ?』ってね」

「つ、つ、『ついさっき』……? と、『とっ捕まえた』……?」

「……あぁ。そういえばまだ私の方がちゃんと名乗っていませんでしたねぇ。これはこれは、申し遅れまして……」


 刑事はそう言って、ワイシャツのジャケットの内ポケットから警察手帳を開いて私に見せる。


「私、ここ帝京警察署所属、『帝京駅置き引き事件』を担当している垣内っていいます。改めましてどうぞよろしく……なっはっはっは!」

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