第5話 生じた疑問

 私はなんてバカなんだろう。

 部屋の中、電話線が繋がるモデムからノートパソコンに繋がっているLANケーブルを見てため息が漏れる。

 首吊りに使うならこれらのケーブルでも良かったのに、紐という単語に囚われ過ぎていたのか全く思いつきもしなかった。

 とりあえず、私はノートパソコンとモデムの2つを繋ぐLANケーブルを外して輪っかを作ってみた。

 ケーブルは弾力性が強くて結び辛かったけど、どうにか夜に古タオルを裂いて作ったものと同じくらいの大きさのものを作る。

 そしてそれを再び玄関のドアノブへと掛けるが、しかし。


「……ぅん、と…………」


 何故か、どうしてもその中心へと頭を潜らせる気持ちにはなれなかった。

 つい数時間前までは迷いなく行動に移せたはずの自殺という行為が躊躇ためらわれる。

 その理由に、何となく心当たりはあった。

 

『――なんで私は死ななくちゃならなかったのかな』


 最期を迎える真っ暗な部屋の中、酸素欠乏で意識も不確かな脳みそが投げかけたその疑問が、今になって私の心の内へとモヤモヤした感情を生み出していたのだ。

 今までずっと、私は自分の事を社会に出てはいけない、他人と関わってはいけない類の人間だと思い続けてきた。

 どんな形であれ関われば迷惑をかけるし、それに嫌われるから、それならば最初から自分の殻に閉じこもってしまえばいいのだと思い込み続けてきた。

 その結末として迎えた自殺のはず。

 納得して下したはずの決断であり、それならば後悔なんてものは無いはずなのに。


 ――結局、最期の最期に私は愚痴ったのだった。『なんで私が』と。

 

 私はドアノブに輪っかにして掛けたLANケーブルを外して、元通りに戻した。


 それから、ベッドに腰かけた私はすっからかんの財布を手でもてあそびながら、あまり真剣味なく今後についてを考える。

 とりあえず、お金が無いのが問題だった。

 現金は500円未満、交通系ICカードのメロンに1500円ほど、口座には163円のみ。

 これでは明日の食事も満足に叶わない。

 しかし、それでも今の私にあまり追い詰められた気はなく、むしろ余裕さえあった。


 ――だって一度死ぬ選択をできたんだから、本当にダメになったのならもう一度死ねばいい。


 不思議と今は『死ぬ』という単語が暗くて恐ろしいものではなく、緑色に明るく光る非常口のような頼れる存在に思える。

 いつか本当に死にたい時がやってきた時に自分で死を選べるという確信が、私にちょっとした図太さを与えてくれていた。

 ただ、それにしてもだ。


「お、お金がなぁ……」


 心もちの変化はともかく、どれだけ気持ちに余裕があったとしても人生に付いて回るのはお金の有る無しの問題だった。

 いくら考えてみてもお金を得るには労働が必要であり、しかし自分にできる労働なんてないのではないかという結論へと行きついてしまう。

 いつの間にか外の景色は朝よりももっと明るくなっており、置き時計を見ると時刻は正午になっていた。


「……ぁ、こ、この時間、なら」


 これ以上部屋で閉じこもりながらあれこれと考えていても良いアイディアは閃きそうにない。

 昼時、住宅街であるこの周辺は人はまばらなはずだし、ちょうどお腹も空いてきた頃合いだったのでコンビニへとご飯を買いに行くついでに少し散歩でもしようと決める。

 普段あまり着ることのない外行きの服に袖を通し、使い古したスニーカーを履いて私はそーっとドアを開ける。

 そして周囲に他人の気配がないことを確認するとそそくさドアを閉めて鍵を掛けて、忍者のように足音を立てずに小走りでマンションの外へ出た。

 ……誰とも遭遇しないでよかった。

 マンション内での住人との鉢合わせは、私にとってはとてもありがたくないイベントなのだ。

 すれ違って頭を下げるのは、まあいい。

 その後に「あの人仕事してないのかしら」とか「引きこもりなのかしら」とか絶対に思われてしまうと、私の自意識は勝手に被害妄想として膨らんでいって憂鬱になってしまうのだ。

 それがどうしようもなく嫌だった。

 人通りの少ない住宅街を歩いて近所のコンビニで菓子パンと牛乳を買い、外に出る。

 これを食べながら今後について考えようと、近くにある小さな公園へと向かった。

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