第33話 本当の幸せを見つけるために、
朝食の時の明るさは見る影もなく、部屋の中に立ち込めるの痛いほどの沈黙だった。
「――『じしゅ』、って」
その重たい空気を、乾いた声が震わせた。
「なんで……」
「……わ、私が、悪いことをしたから、だよ」
「そうじゃない! そうじゃない!」
ほのかちゃんが私の腕を掴んで、激しく揺する。
「だって、このはわかってるの!? 『じしゅ』したら、けーさつにつかまったら、もうここに居れないんだよっ!?」
「……う、うん。わかってる」
「わかってない! ぜんぜん、ぜったい、わかってないもん!」
ポロポロと、ほのかちゃんの目から熱い涙が零れる。しかしそれにも構わずに、
「わかってない! わかってない! このははなんにもわかってない! だって、わたしといっしょに居られなくなるんだよっ!? あかりちゃんとだって会えなくなるんだよっ!? このははそれでもいいのっ!?」
嗚咽を殺しながら訴えるほのかちゃんのその姿に、私の視界も滲む。でも、ここで泣くわけにはいかない。あの夜、あかりちゃんに優しく抱き留められたあの夜に、私は覚悟を決めたのだから。
「……よ、よくないよ。で、でも、私たちはずっとこのままじゃ、いられない」
「なんで? なんで!?」
「た、正しくないから。し、社会が決めたルールから、外れているから」
「そんなの知らないもん! わたし、このはやあかりちゃんといっしょに居たいよ……!?」
涙に濡れて、赤くなった瞳がこちらを見上げた。
私と一緒に居たい、なんて言ってくれた人は両親を除いて初めてで、私もその言葉に「うん」と頷いた。
「わ、私もだよ……。わ、私も一緒に、居たい……」
「じゃあずっといっしょに居ようよ……! 正しいせいでいっしょに居られないなら、わたし、正しさなんていらないよ……!」
「そ、それじゃ、ダメなの」
「ダメじゃない!!」
ほのかちゃんは一層強く私の腕を掴んで、キッとにらみつけるような眼差しを向ける。
それはとても嬉しいことだ。私と一緒に居たいから、だから怒ってくれている。
今のほのかちゃんは正しさ以上に私を必要としてくれているのだと、その事実がとても嬉しい。
『ならそれでいいじゃないか』と、私の後ろ髪を引くような誘惑が襲う。
でも、「ダ、ダメなんだよ……」と私は首を横に振った。
「い、一緒にいると楽しいよね、居心地が良くって、幸せだよね……。で、でも、それが正しくない物事を土台にして作られた幸せなのだとしたら、き、きっとその幸せはいつか崩れてしまうの……」
「そんなこと……そんなこと、ないもん……! ずっと、ずっと幸せだもん……!」
「わ、私以外のすべての人たちに『私たちは親戚だ』って嘘を吐き続けて、『いつか嘘がバレるんじゃないか』って怯えながら暮らすのが、ほ、本当に幸せなことだって、思う……?」
「……!」
ほのかちゃんは一瞬戸惑うように固まる。怯えながら暮らす、という言葉はきっと彼女の心を突き刺すものだったに違いなかった。
この共同生活が始まってから、ほのかちゃんは近所の人たちに不審がられないように、小学校の授業がある時間帯は日中に満足に外へと出かけられなくなってしまっている。
失うものの多いこの生活の果てに、ほのかちゃんにとっての真の幸せがあるとは、私には思えなかった。
「そ、それでも……わたし、わたしは……!」と、ほのかちゃんが言葉を絞り出す。「いっしょに、居たいよ……このはといっしょに……」
「あ、あかりちゃんにも、ずっと嘘を吐かなきゃいけないんだよ……?」
「――っ」
「こ、このままずっと学校に行けなくて、他にお友達もできないんだよ……?」
「……」
言葉が失われ、ほのかちゃんの瞳からはさきほどまであった激情の色が消える。
口だけが、何かを言いたげに震わされているけれど、しかし形を伴った何かがそこから出ることはなかった。
「わ、私たちは、本当の幸せを探しに行かなくちゃいけないんだと、思う……」
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