第32話 ごめんね……
ピピピッと、機械的な音が響く。
「さ、36.2℃、平熱だ」
「おぉ~かんぜんふっかつ、だな!」
あかりちゃんにたまご粥をごちそうになった日からさらに1日が経って、私の熱は完全に下がっていた。
ほのかちゃんがバシバシと私の肩を叩いてそれを喜んだ。
「じゃあはやくごはん食べようよ。おなか空いちゃった」
「う、うん。そうだね。ちゃんとしたの作るから、ちょっと待ってて」
私はこの家にほのかちゃんが来てから、幾度となくそうしてきたようにキッチンへと立った。
今日もまた、ベーコンエッグにバターロールパン。代わり映えしない朝食だけど、それでも今日はその光景がとても愛おしく思えた。
誰かのためにご飯を作るのは、とても楽しいものだ。
ほのかちゃんがこの家に来てくれなかったら、もしかするとそんなこと一生知らなかった。
そう考えると人と人との出会いというのは、一期一会とも言うように、とてもおもしろくそして素晴らしいもののように思えた。
「いただきます!」
「い、いただきます」
ほのかちゃんが用意したちゃぶ台の上に朝食を置いて、食べ始める。
とても美味しそうにベーコンエッグとパンを交互に頬張るほのかちゃんの姿を見て、自然と頬は綻んだ。
「あー、おいしかった! ごちそーさま!」
ほのかちゃんは満足げにして大の字に寝転がる。
私は2人分のお皿をキッチンのシンクへ下げて、それから一瞬考えて、その場で洗い物を片付けた。
心拍が上がるのを感じる。
水道から際限なく出る水に、いたずらに手を浸して心を落ち着けた。
「今日からまた仕事に行くの?」
洗い物の終わった私へと、寝転がったままのほのかちゃんが問いかける。
「やみ上がりなんだから、ムリしちゃだめなんだぞー?」
「う、う、うん……今日は行かない、よ」
違う、違う。私が言わなきゃいけないのは、そうじゃないでしょう?
私はほのかちゃんの隣にまで行って腰を下ろす。
そして息を深く吸い込んで、もう一度言い直した。
「う、ううん……ごめん……。も、もう、行かないの……」
「……え?」
キョトンとした目をこちらに向けるほのかちゃんへと、私は告げる。
「わ、わ、私ね……この前の日曜日に、ひ、人を、傷つけたの……」
「…………」
「ぬ、盗みで、大事なお薬の入ったバッグを、盗って、そ、それで……その人が大変なことに、なっちゃったの……」
スッとほのかちゃんが身体を起き上がらせて、私の前に座り直した。
無言で私を見上げるその目を直視するのがとても怖い。
その瞳に映る私は、きっと情けない顔をしている。そして、そんな私を映したほのかちゃんに幻滅されてしまうことが何よりも恐ろしかった。
でも、その全てを私は受け入れなくちゃいけない。
だから、逸らしたくなる視線をグッとこらえて、私は私を一直線に見るほのかちゃんの視線を真向から受け止める。
「ぬ、盗みが、人の命に関わることになるなんて、思いもしなかったの……。わ、私、自分たちが生きていくためなら、多少の迷惑を人にかけるのは、仕方のないことだって、そう思ってたけど……。で、でも、人の命を奪うことにつながってしまうなら、も、もう盗みはしたくないの。だ、だから、もう行かない」
「……じゃあ、どうするの」
小さな声で、ポツリとほのかちゃんが声を漏らす。
「……これから、どうするの? このは、はたらくの……? できるの……?」
私は小さく首を横に振った。
「じゃあ、生活できなくなっちゃうよ? ごはん食べられなくなるよ? この家にもすめなくなるよ?」
「そ、そうだね」
「そうだね、じゃないよ!!」
私の服の袖を強くつかみ、瞳を揺らしながら、ほのかちゃんが叫ぶ。
「このはがなにを考えてるのか、わたしにはわかんないよ!! なにするつもりなの!?」
「う、うん……。あ、あのね……」
私は、口を真一文字に結んだほのかちゃんの顔を真正面に見据えて、
「――じ、自首、しようかと思う」
震えそうになる声を殺しながら、そう言った。
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