第27話 やきにくパーティー
ジュージューと、いい音を立てて油が跳ねる。続いて立ち昇るのは食欲誘うかぐわしいお肉の匂い。
「うっほー! わたし、こんなのはじめてだ!」
箸を片手に握り込むようにして万歳するほのかちゃんは、ホットプレート上のお肉をキラキラとした目で見つめてソワソワと落ち着かない様子だ。
「ねー、まだ? まだー?」
「も、も、もう少し待って……お肉はちゃんと焼かないと、だから……」
私は菜箸で1枚1枚お肉をひっくり返してじっくりと赤身を無くしていく。取りあえず多少は硬くなろうが火がしっかり通っていればお腹を壊すことはない。国民健康保険に入っていない身としては、こんなところで腹痛を起こすわけにはいかないのだ。
私がそうやって念入りにお肉のホットプレートに押し付けるようにして焼いていると、「ごはんよそってきましたよー!」とキッチンから3つのお茶碗を載せたトレイが運ばれてくる。
「はい。お姉さんのお茶碗がこの青いので、ほのかちゃんのがピンクのやつだよね?」
「う、うん。ありがとう、あかりちゃん」
1人1人の目の前にご飯を置いていくあかりちゃんにお礼を言いつつ、私はお肉を押し付けるように「あれ、お姉さんそれ焼き過ぎです」「え、え? でも……」「牛なんだから大丈夫です。むしろ牛でしか味わえない贅沢ですよ赤身は」「で、で、でも……」「大丈夫です心配ありません。貸してください」あ、菜箸を取られてしまった。
「ホットプレートは中温なら片面20秒も焼けば十分です」と、それからあかりちゃんは新しいお肉をホットプレートに載せて、次々に焼いていく。
「さあ食べましょう、お姉さん、ほのかちゃん!」
あかりちゃんがそう言って微笑みかけてくるが、心なしかその表情はいつもより真剣みの増したものだ。
もしかするとあかりちゃんは焼肉奉行的な存在なのかもしれない。
「いっただっきまーす!」
ほのかちゃんはしかし、あかりちゃんの豹変したような態度などお肉を目の前にしてはまったく気にもならないようで、焼き立てのお肉を小皿の甘口タレに絡ませるとパクリと1口で頬張った。
「あふっ……!! はふっはふっ……! ん~っ!! んまぁ~~~いっ!!」
とろけるような表情を浮かべるほのかちゃんに、私とあかりちゃんは顔を見合わせて、笑った。
「いただきます!」
「い、い、いただきます……!」
あかりちゃんも私も、それぞれ取り分けたお肉をタレに浸すと口に運ぶ。
「お、お、美味しい……」
久々の熱々のお肉に、口の中に痺れるような刺激が走った。今まではお肉なんてコンビニ弁当でしか食べてこなかったから、熱々のお肉を直に食べる焼肉なんて両親が死んで以来のことだ。
そうやってしばらくの間、久々のお肉に舌鼓を打っていると、
「お姉さん。今日は私もご相伴に預かってしまいまして、ありがとうございます」とあかりちゃんが唐突にそう言って頭をペコリと下げる。
「『焼肉パーティーをやらないか』って誘っていただいて、私、それが嬉しくて後先考えずに来ちゃいましたけど、本当にお邪魔じゃありませんでしたか……?」
「ぜ、ぜんぜんお邪魔なんかじゃないよ。わ、私、こうやってまたお肉を囲むのに、少し憧れてたから……」
「そうですか……それならよかったです。私、せっかくの『親類』の水入らずの時間を邪魔しちゃったんじゃないかって思って」
そう言ってあかりちゃんは引き続きお肉をもちゃもちゃと口いっぱいに食べるほのかちゃんの姿を見て、頬を綻ばせる。
「それにしてもお姉さんの従妹さんがこれから居候するなんて、突然でちょっと驚きましたけど、これからとっても賑やかになりそうですね」
「う、う、うん……そうだね……」
あかりちゃんの言葉への返答を若干言いよどませてしまうが、しかし私の言葉がどもってしまうのはいつものことだ。あかりちゃんは私の答えに対して疑問も覚えなかったのか、すぐにホットプレート向きなおって「ほのかちゃん、お野菜も食べよっか~」とトングで食べごろのピーマンをほのかちゃんの小皿へと載せる。「ギャーッ! あっち行って! どうぞ!」悲鳴が聞こえた。
そんな微笑ましい光景を見ながら、
(あ、あんまり疑われていないみたいで、よかった……)
と私はホッと一息を吐いた。
我ながらずいぶんとありがちな設定だなとも思ったが、しかしそれ以上に適当な理由を見つからなかったため、ほのかちゃんのことは『親戚にしばらく預かってほしいと言われた従妹』ということで通すことにしたのだ。
「ふ、ふぅ……」
安心したらまたお肉が欲しくなった。小皿を見て「あ、あれ?」取り分けられていた分のお肉がいつの間にか無くなって、代わりに1口かじられた1/2カットのピーマンが置いてある。
「ほ、ほのかちゃん……?」
「それわたしにはまだちょっと早かったかもしれない」
「す、す、好き嫌いはダメだよ~……」
私だって、ピーマンはちょっと苦手なのに。
渋々、私は辛口タレに浸ったピーマンをかじって食べるのだった。
私の両親がまだ健在の時に食べたピーマンよりもちょっと美味しく感じるようになった辺り、いつの間にか私の味覚は少し大人になっていたみたいだった。
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