第26話 ゆーかい
「と、と、泊めるって、なんで……?」
ほのかちゃんのお願いごとの内容に数瞬固まったあと、私はそう聞き返す。
小学校時代、仲の良い友達同士で『お泊り会』なるものを行う文化があるということは知っていたし、実際に見聞きもした。もちろん友達0人だった私には関係のない出来事であったのだけど。
――しかし、今回のほのかちゃんのお願いはそういった類のものではないだろう。
「えへへっ……。やっぱ、ダメ……?」と、ほのかちゃんが私を見上げる。
無邪気な笑顔が張り付いたその表情は、なんというか、哀しいものだった。
瞳が笑えていないのだ。悲しげに揺れていて、口元だけ無理に笑おうとしている感じ。
だから、つい。
「べ、べ、別にダメじゃ、ないけど」
私はそう口にしてしまった。
「――えっ!? ほ、ホントにっ!?」
ほのかちゃんはダメもとだと考えていたのだろう、びっくりしたように目を見開いて、私の服の裾をギュッと掴む。
「ほ、ホントのホント? あとでウソとかナシだよっ!?」
「う、うん……私、1人暮らしだし、べ、別に大丈夫だから」
そう言って上げるとほのかちゃんは「ぃやったぁ~~~っ!!」とその場で大きく飛び跳ねる。
その喜びの様子に、私は少し目を伏せる。
こんな小さな子が、行き場を無くしているという事実が少し、心に重く圧し掛かったのだ。
「このははさ、『ユーカイ』って知ってるか?」
「ゆ、ゆゆゆ、誘拐っ!? な、な、なんで今それを言うの……?」
「いや、わたしをこのはの家につれて行くのって、多分その『ユーカイ』になるからさ」
「え、えぇ~~~っ!?」
「あ、でももうとまるのナシとかダメだから。わたし、なにがなんでもこのはの家に行くから、そこはあきらめてね?」
「は、はぁ……。ま、まぁ、別にそれも、もうどうでもいいかな……」
「え、いいんだ……?」
自分で押し切ろうとしていながら、しかし私が特に抵抗なく受け入れたことに対して、ほのかちゃんは「イガイだ」と言いたげに目を丸くした。
私の心情としては、もはや毒を喰らわば皿までと半ばヤケになっていただけだ。
スリや万引きなどの窃盗罪、なりすましでの名誉毀損罪……そんな泥だらけの体面に今さら未成年者の誘拐罪が加えられたところでどうだというのだろう。
「……親のこととかさ、聞かないの?」とほのかちゃんが言う。
「……べ、別に。話したくないなら、話さなくていいよ」
私がそう言うとほのかちゃんは「へへっ」と笑う。
「このはって、ヘンなヤツだなー」
「そ、そ、それはお互い様……じゃないかな……」
私とほのかちゃんは公園から出て、家に向かって歩き出した。
ほのかちゃんが私の手を取って、横に並ぶ。
手を繋いで歩くのに慣れないのか、たびたび私の足を踏んでは「ごめん」と謝るその姿が、彼女のこれまでの生活を私に想像させてしまう。
燃えるような夕焼けがとても目に染みて、少し辛かった。
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