第23話 不幸色の背景の中で幸せを掴む

 ――2週間前、満員電車の中で富田のスマートフォンをスった私は駅前のカフェに入ると、天野さんから聞いていたような『富田たちがあかりちゃんを虐めている』動画を見つけ出して、それをSNSサイトに投稿した(なるべくあかりちゃんの顔が映っていないものを選択した)。

 投稿先は様々で、全て富田の実名と顔写真付きでアカウント登録を行い、すでにアカウントが登録されているSNSの場合はアカウント情報を編集して身元が完全に明らかになるようにした。

 運営から削除されるまでの間にどれだけ拡散できるかが勝負だとわかっていたので、下調べしておいた各投稿先SNSの過激なインフルエンサーたちにダイレクトメールも送り、その結果は火を見るより明らかなものだった。

 その日の午後には私立明野宮高等学校の敷地の外を囲うようにしてマスメディアたちが押し掛けて、そこはまるで犯人が人質を取って立てこもりを行う事件現場の様相を示していたという。

 私はその頃にはスマートフォンを適当な場所に落として自宅に帰っていて直接見れてはいなかったので、あくまでネットの情報によれば、なのだけど。

 しかしその後のニュースは買い立てのノートパソコンで中継を見て知っていた。


(そ、爽快だったなぁ……)


 富田をはじめとしたイジメの主犯格たちが、警察の護衛をつけられながら、まるで犯人のようにコートを上から被せられて帰宅するその姿が目に焼き付いて離れない。

 それはまぎれもなく『罪人』の姿であり、恐らく全国の人々にもそのように映ったことであろう。

 それから世間による勝手な『正義』の元、社会的制裁が始まったのだ。

 富田、林、大澤というあかりちゃんを虐めていた主犯格3名は現実でもネット上でも徹底的に叩かれた。

 特に富田への非難は強く、その対象は富田義春自身のみならず、その両親と妹にまで及んだそうだ。一家のうち母親と妹は自宅から離れて逃げるようにホテル暮らしをしているらしい。

 唯一父親と火中の義春だけは家に残り、日々メディアに向けられるカメラやニュースを見て駆けつけてきた『自称正義』のやじ馬たちによる嫌がらせの矢面に今も晒されている。

 父親は職を追われたそうだが、世間はそれを『当然の報い』と囃し立てた。

 そんな醜い世界に反吐は出そうだったけれども、しかし私もそれら全ては結局のところ義春による自業自得として考えていた。

 確かに、本当に悪いのはあかりちゃんを虐めていた義春本人だけで、その家族に落ち度はないのかもしれない。しかしその義春の悪行が彼の家族を追い詰めるに至ったのだ。

 それは決して、私のせいではない。

 それよりも優先して、私には心を苦しめるべきことが1つあった。


「あ、あ、あかりちゃん……もう疲れとかは、本当に大丈夫……?」

「あ、はい……。先日は本当に、ご迷惑をかけてしまってごめんなさい」

「う、ううん! ぜんぜん迷惑なんかじゃ、なかったよ! し、しょうがないよ、ずっと事情聴取とか面談とかばっかりだったんだから……」


 このマンションの階段のところで、倒れるようにして壁に寄りかかっているあかりちゃんを見つけたのは1週間ほど前の日だった。

 慌てて彼女を部屋へと運び寝かせたことが、まるで昨日のように鮮明に思い返される。

 多くの人たちから事件原因を聞かれ、また学校で噂の対象にされてしまう日々に、あかりちゃんの精神が参ってしまったのだと思う。

 そこから2日ほど高熱を出して寝込んでしまった彼女を、私はほとんど付きっ切りで看病したのだった。


(ま、ま、まさか倒れてしまうほどに負担が掛かるなんて、思わなかった……)


 唯一それだけが今の私に残る『悔い』である。

 少し、短絡的過ぎたのかもしれない。もっと知恵を絞っていれば、あかりちゃんの負担を減らした上での解決方法が見つかっていたかもしれない。

 そうやって私が思考の海に溺れている中で、


「――でも、これでよかったんです」


 とあかりちゃんが言った。

 

「よ、よ、『よかった』って……?」

「倒れちゃうほどしんどい毎日ではあったんですけど、でも私にとってはイジメられている頃の方が何倍も辛かった気がします。今世間から非難の的になっている富田くんたちには申し訳ないけど、私にとってはこれが一番の解決法だったと思うんです」

「で、で、でも……もっとオブラートに包まれた解決方法もあったんじゃないかな……。あ、あかりちゃんが、もっと傷つかずに解決できる方法が、どこかに……」


 私の言葉に、あかりちゃんは力なく首を横に振る。


「なかったと思います。いえ、探せばどこかにはあったのかもしれないけれど、でもそれはきっと私の手の届かない場所にあったと思うから。それを取るための手段を探していたら、きっと手遅れになってました」

「そ、そ、そうなの……?」

「きっとそうです。確かに、色々と根掘り葉掘り聞かれるのは……辛かったです。でも1週間前に倒れられたおかげで快復後はすごく調子がよくなった気がします。憑き物が落ちたというか、『このまま溜め込んでいくしかないんだ』と思っていた嫌なものが汗と一緒に全部身体の外側に出たみたいで、身体が軽くなりました」


 あかりちゃんはそう言うと両腕で力こぶを作るようにして、微笑む。その表情に陰りはなく、話した言葉が本心だということが良くわかった。

 そんな彼女の様子にホッと一息ついていると、


「それじゃあ、お姉さん。私はこれで」


 と、あかりちゃんがドアの前から一歩引いてペコリと頭を下げた。

 よく見れば肩に小さめのカバンを下げており、服装も外出用のものだった。

 

「な、な、何かこれから用事……?」と言葉にすると、あかりちゃんは満面の笑みで頷いた。


「今からさくちゃん――あ、お姉さんが届けてくれたカバンの持ち主なんですけど、その子と遊ぶんです。私、倒れてから学校にも行ってないから、さくちゃんに今までのことのお礼とか謝ったりとかがまだできてないので……」

「そ、そっか……」


 あかりちゃんは友達との関係も元通りになったようで、その様子に私は心から安心する。

 それから彼女と「またね」と小さく手を振って別れてから、私は元居たノートPCの前へと戻る。


「ほ、ほ、本当によかった……」


 私の起こした行動はなりすまし犯罪であり名誉棄損であり、もちろん社会的に許されるべきことではない。また、報復対象以外の多くの人々にも迷惑をかけ、その人生を滅茶苦茶にするものだ。

 だが、それがなんだというのだろうか。自身の大切な人を救うことができた、それ以上素晴らしい成果があるだろうか。いや、ない。

 周囲にどれだけ沢山の不幸が散らばろうとも、私は自分が大切に思うことのできるそれだけを抱き上げることができればいい。

 唯一の心苦しかった点も、あかりちゃんに『それでよかった』と言ってもらえて、少し気が楽になっていた。

 ノートPCを操作してブラウザで新規タブを開くとネットニュースが目に映る。

 富田が自殺未遂を起こしたようで、それがトップニュースになっていた。

 

 ――知ったことか。自殺なら私にもできる。私は検索欄に『犬 動画』と打ち込むと、再び動画サイトを立ち上げるのだった。




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### お知らせ ###

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 今回のお話で3章はお終いです。

 再開早々で申し訳ありませんが、年末年始は更新お休みします!

 次回更新は1/4(月)となります。

 続く4章もお楽しみにしていただければ幸いです。

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