第22話 事件
――日曜日の正午。さすがに休日は満員電車もないので、私はダラダラと寝転がりながら、最近買ったノートPCを開いてネットサーフィンを楽しんでいた。
「ふ、ふ、ふふっ……フフフフフ……っ!」
動画サイトで猫の動画を見てひとしきりニヤニヤしていると、インターフォンが鳴った。
「は、はーい!」と返事をして、私は起き上がり玄関へと向かう。開けたドアの向こう側にいたのは、思った通りその女の子――あかりちゃんだった。
「お姉さん、こんにちは」
「こ、こんにちは」
「あの、これ……。私、また煮物を作り過ぎちゃったんですけど……お姉さんにどうかなって思って」
そう言って差し出されるタッパーの中には、明らかに1人前以上の煮物が詰められている。だから、それが『作り過ぎちゃった』ものではなく、あらかじめ私に差し入れるのを前提として作ってくれているのだということがわかって、そんな気遣いにホッコリとする。
「あ、あ、ありがとう……! もちろん、いただきます……!」
「本当ですか!? よかったぁ~!!」
そう言って微笑むあかりちゃんは、あらゆる問題が起こる前の明るく優しい彼女の姿そのままになっていて、なんだかとても感慨深かった。
「あ、あ、あかりちゃんは、偉いね……。その歳で自炊もできて、あ、あと髪も切れるし……」
「あはは~! ありがとうございます! でも全部節約のために身に着けた技術なので、そんなに褒められることでもないですよ~」
「そ、そ、そうなんだ……。あれ? で、でもそれじゃあ私、一昨日からこうして差し入れを貰っちゃっているけど、あ、あかりちゃんに金銭的に負担を掛けてるんじゃ……?」
「いえいえ、そんなことはないです! 単に作り過ぎちゃっただけですから! それに、例の事件のことでお姉さんにはたくさん心配をかけてしまいましたから……。私なりのお礼というか、なんというか……」
あかりちゃんは照れたように手を頭の後ろにやると、少し困ったようにして笑った。
「……さ、さ、最近は、どう?」
私は当たり障りのない言葉を選んで、そう問いかける。
あかりちゃんは笑みを少し潜めるようにして、「……学校周りで騒がしくなることは、無くなりましたね」と言葉を漏らし始めた。
「事件が発覚した2週間前の蜂の巣をつついたような騒ぎに比べたら、学校を囲うようにしていたマスメディアの数も少なくなりましたし、インタビューみたいなことも無くなりました。校内の生徒たちは心理的なショックとかなんとかでお休みする子はまだいるみたいですが、授業も平常通り行われるようになってます」
「……ぜ、ぜ、全国ニュースになるくらいだったもんね。た、大変、だったよね……」
私はその事件の『当事者』であるにも関わらず、まるで他人事のようにしてそう呟く。あかりちゃんは疲れたように無言で頷いた。
私たちはどちらも、その日のことを振り返るように目を伏せた。
――2週間前に報道された衝撃的なニュース、『名門私立高等学校生徒によるイジメ動画投稿』事件。
それはすさまじいほどの熱量でお茶の間の話題をかっさらっていったのだ。
イジメというのは大なり小なり、どこの学校にでも蔓延っている問題ではあるが、それが大学進学率No1を誇る名門私立高校で起こったという点に対して世間の好奇心は大いに刺激されたのだろう。
しかし、多くのマスメディアがそこぞって押し掛けた理由は何もそれだけではない。この事件には名門私立の学生らしからぬ特異性があったのだ。
それは学年トップクラスの成績を誇ったイジメの主犯格――富田義春(17)が自身の顔と名前と住所全てを晒して各SNSへとアカウント登録を行い、自らイジメの動画を投稿したという点にあった。
さらには拡散が早まるようにインフルエンサー宛にダイレクトメールまで送るなど、まるで『早く自分を破滅させてくれ』とでも言わんばかりの行動を見せており、その理由に関して各マスメディアの見解は一致した。
――これは富田を告発するために仕組まれたものなのだ、と。
ネットニュースやネット掲示板では、それが『富田の仲間の裏切り』やら『富田に抗おうと水面下で活動していた女子たちの計画によるもの』やらとおもしろおかしく書き立てていた。
(じ、じ、実際は全部私のやったことだけど……)
私は2週間前のあの日、富田のスマートフォンをスった当時を思い返す――。
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