第21話 反撃
ガタンゴトン、と音を立てながら私たちをギュウギュウに詰めた鉄の箱は今日も大きく揺れながら走っている。
「~~~♪」
朝の通勤ラッシュで、学生服に身を包んだその男は呑気なものだった。
その男はスマートフォンの角をガツガツと手前のサラリーマン風の男性の背中にぶつけながら、鼻歌混じりに悠々自適に過ごしていた。
私はそんな様子を男の背後から、今日も今日とて襟首に着けた小型のカメラを使って動画に撮っている。
この1週間、私はその男の登校から下校まで付きっきりで観察しているのだ。
――そして念願のその日はやってきた。
「チッ……」と、学生服の男――富田は自身のスマホに向けて舌打ちをした。
顔認証が上手くいかず、パスコード入力の画面になったようだ。
親指で4桁の数字を入力する富田の様子を、私は漏らさずに眺めていた。
(5、3、2、8。5328――ッ!!)
その瞬間、襟首に着けているカメラはもはやお役御免になった。1度目のチャンスをものにできた幸運に、私は誰にも気づかれない位置で拳を握る。
『まもなく、栄林台、栄林台。ドア付近にお立ちのお客様は、一度ホームに降りて降車のお客様の妨げにならないようにご協力をお願いします』
それとほとんど同時に車内のスピーカーから富田が通う明野宮高校の最寄り駅がアナウンスされるのが聞こえる。
富田はスマートフォンを自身の後ろポケットにしまうと、満員電車の中で周囲の迷惑に構うこともなさげに学生カバンを大きく背負い直した。
ブレーキがかかり、手前に緩く引っ張られるような感覚のあと、電車が止まる。
『栄林台、栄林台――』というアナウンスと共に電車のドアが開く。
車内の人々が溢れるようにしてホームへと降りていく。富田もまたその流れに身を任せていた。
(い、今だ……ッ!!)
私は富田の後ろに付くようにして歩くと、そのズボンの後ろポケットから少しはみ出すようにしているスマートフォンの上辺の両角を親指と人差し指で挟むようにして掴み、それからわざと富田の靴の踵を踏んだ。
「……ッ! クソが……!」
富田はろくに振り返りもせず、短い悪態だけを残して周囲の流れのままに歩き去って行く。
今の一瞬でスマートフォンを無くしたことにも気づかずに。
富田の行動パターンからすると、自身のスマートフォンを無くしたことに気が付くのはすぐのはずだ。
いつも人ごみの激しい駅から出た途端に歩きスマホをし始めることが、この1週間に渡る観察で私にはわかっていた。
(じ、じ、時間はそれほど多くないから……)
急がなくてはいけない、私は早歩きに駅を抜けると近くのカフェへと入った。
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