第19話 友達

 来客用玄関まで案内してくれたあかりちゃんと別れると、私はいったん部屋へと帰ることにした。

 その学校の最寄駅まで歩くその道中で、「あっ」と思わぬ出会いを果たす。

 

「あっ――」


 その女の子も私の存在に気付いたらしい。目を見開いて立ち止まった。

 

「いっ、異常者――っ」

「うわぁっ! ま、ま、待って……!」


 背を向けて、良からぬ名称を叫びながら走っていきそうな女の子に、あたふたとしつつも声を掛ける。

 

「さ、『さくちゃん』……だよね?」

「――え……?」


 その呼び名を聞いた女の子は、ピタッと足を止めてこちらを振り返った。

 フルネームは確か――天野櫻。あかりちゃんのことを毎朝迎えに来て一緒に登校する、『さくちゃん』というあだ名で呼ばれる女の子だ。


「あなたは……?」

「わ、私は紫木葉。あかりちゃんと同じ階の部屋に住んでる、者です……」

「は、はぁ……」

「あ、あの……あかりちゃんの元気がない理由を、聞いてもいいかな……?」

「……!」


 天野さんは私の言葉に目を見開くと、左右を見渡して、それからくるりと背を向けて歩き始めた。

 

「え、え? あの……」

「――ついてきて」


 顔だけこちらに向けてそれだけ言うと、天野さんはさっさと歩き出してしまう。

 なにがなんやらわからなかったが、しかし私はそれに置いて行かれないように後ろについて歩く。

 そしてしばらく歩いた先に、緑が見えた。公園のようだ。奥行きはそれほど無いみたいだったが横に長く、ウォーキングをする年配の人の姿がチラホラと見えた。


「こっち」と天野さんは公園に入る。


 そして道路沿いからは木々に隠れて見えない位置のベンチまでやってくると座って、私にその隣を勧めた。私は言われるがままに腰かける。

 

「――カバンを持ってきてくれたのって、あなた――紫さんだったんですね」

「……えっ!?」


 私が学校を出てきたのはついさっきなのに、何故それを知っているのだろうかと驚いて天野さんを見ると、彼女は「これです」とスマートフォンをブレザーのポケットから取り出した。


「学校の友達から連絡がきたんですよ。『学校に櫻のカバンが届けられたみたい。不審者が持ってきたらしいよ』って。その子は先生から連絡するようにって言われたらしいんですけど」

「あ、あぁ……それで……」


 不審者、という語句に何かを感じないわけでもなかったけど、ひとまず納得したように頷いておく。


「はい。それで私も学校まで手ぶらで来たってわけです。ありがとうございました。カバン届けてくれて」

「ぁ、あ……ううん、き、気にしないで……!」


 ベンチに座ったままで膝に手をついて頭を下げる天野さんに、私は慌ててそう言った。

 出会って間もない人に頭を下げられる経験なんてこれまでの人生で無かったことだから、どうしていいのかわからずオロオロとしてしまう。

 そんな私とは対照的に天野さんはスッと姿勢を戻すと、何事もなかったかのように「それで」と切り出した。


「紫さんは、どうしてあかりのことを気にかけるんですか?」

「え、えっと……どうして、って……?」

「お姉さん、今頃は普通お仕事の時間なんですよね? それをわざわざカバンを届けに私たちの学校にまで来るなんて……。カバンのことは口実で、ホントはあかりちゃんの様子を見たかっただけなんじゃないんですか?」


 何から何まで図星で私は頷くほかない。

 ただそれはあかりちゃん自身にも先ほどバレていたことだし、それほどビックリはしなかった。むしろ最近の子は洞察力があるんだなぁと感心してしまう。もしかすると私がわかりやす過ぎるだけなのかもしれないけれど。


「普通、単なるご近所さんのためにそこまでしないですよね?  だから、紫さんはあかりといったいどんな関係なのか、それが知りたいんです」


 天野さんはそう言うと、ジッと私の目を見据える。

 たまらず私は顔を逸らしてしまうが、それでもなお、天野さんは私をじっくりと観察するようにその目を私の顔から離さなかった。


「ど、ど、どんな関係と言われても……」

「友達、なんですか?」

「と――友達っ!?」


 天野さんからの問いかけに、私はつい素っ頓狂な声を上げてしまう。


「ど、どうしたんですか? お姉さん……?」

「あ、あ、ご、ごめんなさい……」


 辺りを見渡すも、幸い人通りの無いタイミングだったようで誰もこちらを訝しむようなことはない。ホッと一息を吐く。


「わ、私、友達とかいたことなくて……ちょっとビックリしちゃった……」

「あ……えっと……なんか、すみません……」


 天野さんが気まずげにそう言った。

 地雷を踏み抜いてしまったとでも思っていそうな面持ちだ。


「あ、あ、あのね、私ってその、見ての通りのコミュ障なんだけど、そんな私にもあかりちゃんは優しく接してくれたの……。わ、私が困ってた時、助けてくれて……」


 自殺に失敗したあの日のことを思い返す。

 あかりちゃんは私のことを心配して学校帰りに部屋へと立ち寄って、そして厚かましい私のお願いを聞いてくれた。

 両親を亡くしてからは久しく忘れていた優しさを、赤の他人の私に与えてくれたのだ。

 

「わ、私はあかりちゃんに、救われたの……。だ、だから、あかりちゃんが元気がないのを放っておけない。も、もしこんな私でも、力になれることがあるなら、何とかしてあげたいって思ったの……」


 喋りなれないながらも、ありのままの本心を吐露する。

 助けたいと思ってしまったのだ。未だに自立しているとは言い難い分際で、身の程知らずにも、恥ずかしげもなく。

 それでもあかりちゃん本来の笑顔を取り戻すために、できることはないかと思ってしまったのだ。

 

「……わかりました。お話します」


 私の言葉に何か感じるところがあったのか、天野さんはそう言って頷くと膝先をこちらに向けて真剣な表情で真っすぐに私を見る。

 今度はその視線を、私もがんばって受け止めた。


「あかりちゃんは今クラスで……いえ、学年で孤立してるんです」

「えっ……?」


 信じられないような話だと思った。あかりちゃんのような明るくて分け隔てなく人と接することのできる子が孤立するなんて考えられない。しかし、同時に私は先ほどの学校の廊下での違和感を思い出していた。

 ――それは体操服を着た生徒たちが、教科書を小脇に抱えた生徒たちが、狭い廊下を私たちを避けるようにして歩き抜けていく異様さだった。


「……イジメの標的になってるんです、あかりちゃん」


 天野さんの言葉に、息を呑む。

 不穏な風が私たちの間を駆け抜けて、ガサガサと木々の葉をうるさく揺らした。

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