第17話 不審者発見!
一様に同じ制服に身を包んだ学生たちがゾロゾロと歩いて校門に入っていく姿を見て息を呑んだ。
学校という広い意味では約10年ぶり、高等学校という狭い意味では初めて対面するその学び舎を見上げて、私は今さらながらトラウマを刺激されて足を震わせる。
学校では特別イジメられていた経験などはなかったけどいつの間にか足が遠のいて、そしていつしか同じ年頃の子供たちがみんな通っているのに自分だけが通えていない現実に吐き気を催すようになっていたのだった。
しかしいつまでもそんな過去を引きずっている場合ではない。
「こ、ここが明野宮高校……」
手に持った焦げ茶色の学生カバンに目を落とす。
私はこのカバンの持ち主の女の子、それにあかりちゃんが通う高校の目の前までやってきていた。
私はこのカバン自体をあかりちゃんの落とし物ということにして高校に入り、彼女に会うつもりだったのだが――。
「ど、ど、どこから入れば……」
学生たちの列はみんな校門へと吸い込まれていっているが、私もそれに倣うべきだろうか。それとも他に外部の人間が入る窓口があるのだろうか。
そうやって迷う形で、一定の場所に留まって注目を集めたくない私は学校の周囲をグルグルと回り続ける。
そしてまたもや校門前に差し掛かって3周目に突入しそうになった時、そこで生徒を校内へと迎え入れている教師と思わしき大人の数が増えていることに気付いた。
それもジャージを着た屈強な男性が2人。
そしてその教師たちと私の目と目が合った。
(――ま、まずい……!)
なぜか私はそう直感した。どこか剣呑さを帯びる雰囲気がその教師たちにあったからかもしれない。私が咄嗟に一歩後ずさったところ、その教師たちが私との距離を縮めるために大股で歩いてきた。
「ちょっとそこのあなた。ここで何してんの?」
「それうちの学校のカバンだねぇ。何でそれを持ってるのかなぁ?」
「い、い、いや、こ、こ、これっ、これはぁのっ!!」
知らない人、それも大人に話しかけられるなんて本当に久しぶりで、緊張で喉が思うように動かない。
そんな様子に目の前の教師2人が顔を見合わせて頷いた。
「ちょっとねぇ、何か挙動不審な人がいるって学生が不安がっててねぇ。少しだけ時間貰えますぅ?」
その言葉は疑問形だった、だったハズだ。
それなのに素早く伸びてきた手は私の返答を待たずに私の手首を強く掴む。
「――いッ!」
「はいはいはい。大人しくしてね、立ち話もアレだしちょっと校内に入って話しましょっか」
私より2回りは体格の大きい男性教師に挟まれる。こうなってはもはや私に抵抗する気力は湧かなかった。何しろ頭の中は真っ白なのだ。
私はそのまま、まるで囚われのエイリアンのような格好で裏口へと連行される。
そして生徒指導室に連行され屈強な男性教師2人に睨まれながら、学生カバンの入手経路について問いただされることおよそ30分。質問されるままに答えを返したが、何を言ったのかは極度の緊張のせいでまるで覚えていない。
いつの間にか部屋の中にいる男性教師は1人になっていた。もう1人は指導室から出ていったらしい。
残りの男性教師の訝し気な視線に晒されながら、どれくらい経ったろうか。
静寂が支配する空間はスライドドアが開くガラガラとした音に引き裂かれた。
「お、お姉さん……?」
そう言って生徒指導室に顔を覗かせたのはあかりちゃんだった。
「え、えっと、その、あの……!」
「あ、説明は大丈夫です。事情は先生たちから聞いたので……さくちゃ――櫻のカバンを持ってきてくださったんですよね?」
「え? あ、う、うん……」
「わざわざ学校まですみませんでした。ありがとうございます」
あかりちゃんはそう言ってペコッと軽くお辞儀をする。
私はそれに対して、「いいよいいよ、全然問題じゃなかったから」なんて言ってあげることができればよかったのだけれど、コミュ障な私がそんな器用な受け答えをできるはずもなく、「あぅ……」としか声に出せない。
「……天野はまだ来てないみたいだから、カバンは先生が預かっておく。矢澤も話が済んだら教室に戻るようにな」と、それだけを言い残して生活指導の先生は教室を去って行った。指導室にあかりちゃんと2人、取り残される。
私は今さらながらにあかりちゃんの名字が『矢澤』であることを知り、何となく新鮮味を覚えた。『矢澤あかり』、いい名前だと思う。『あかり』はどんな漢字を書くのかな。
そんな風に場違いなことを考えていた時だった。
「また来てたんですね、さくちゃん……」
あかりちゃんがボソリとそう呟いた。
「もう来ないで、って言ったのに……」
「……ど、どうして……?」
「……お姉さん?」
「……な、仲は良かった……よね? た、多分……。いつも一緒に登校してたんだよね……?」
「お姉さん、もしかして……それを私に聞くためだけに学校へ?」
「え、えっと……」
そう言ったっきり、言葉は続かない。完全に図星だった。
しかし、そんな私を見てあかりちゃんはクスリと困ったような顔で笑う。
「そうですよね。お姉さんがこんなに人がいっぱいなところに、好き好んで来るわけないと思ったんです。落とし物にしても交番に預けたりとか、色々届ける方法はあったでしょうし」
「……」
「最近の私の様子を気にしてくれたんですよね……?」
「…………ご、ご、ごめんね……?」
私は素直に謝ることにした。深く頭を下げる。長い髪がばさりと落ちた。
「か、勝手に心配して、こんなとこまで来て……き、気持ち悪いよね……! ごめん、ごめんね……」
「い、いいえ、お姉さん! 頭を上げてください!」
あかりちゃんは私へと急ぎ寄ると私の身体を起こすようにして肩へと手を添えた。
「……嬉しいです。そこまで心配してくれるような人、私にはあまりいませんから……。だから、ありがとうございます」
そう言って私を見る目は、言葉を飾っている風ではない。あかりちゃんがそう言ってくれるならと、私はコクリと頷いて返した。
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