第1章 紫さん、吹っ切れる

第2話 はじまりの自殺

 まだ夜は大分冷え込む、近所の桜が全て散って何日目かの午前2時半。

 真っ暗な部屋の中で、私は1人静かに人生を終わらせようとしている。

 丸テーブル上には壊れたノートパソコンが黒い画面を見せて放置されており、床には不要なチラシやレシートなどが散乱していた。

 その中の1枚に『預金残高 163円』と書かれた明細がある。


 ――もう、引き際だ。


 玄関のドアノブには裂いて紐上にしたタオルを丸く輪っかにしたものが掛けられている。

 人と上手く接せないという悩みに端を発して部屋に引きこもってばかりの私は、18の時に私を見守り続けてくれた両親が事故で他界した後も、それから24の歳になるまで変わらない生活を続けていた。

 生きられなくなったら死ねばいいと考えていた私は、預金が底をついた今、まさしくその有言実行を果たそうとしている。


「ご、ご、ごめん、なさい……」


 俯きがちに、何年も切っていないボサボサで伸びきった髪を前に垂らし、どもらせながら出たその謝罪の言葉は両親に向けたものだった。

 両親は死んでいるとはいえ、大切に育ててもらった命を無駄にするということには罪悪感がある。

 しかし、私はその輪っかに首を通すのに抵抗を感じなかった。

 だってこんなどうしようもない私が社会に出て人目に怯えてまで生き続けることを考えたら、今ここで死んでしまった方が遥かに楽に違いないのだから。

 首元に当たるタオルの感触からは、これから自分が死ぬとは考えられないほどの暖かさを感じる。


 ――首吊り。


 最も代表的で確実な、自分自身を殺してしまう方法。

 決行に迷いなどはなかった。

 私は徐々に、体重を下へ下へと掛けていく。

 首元がやんわりと締められて、堰き止められた血に顔が熱くさせられていく。

 ドア下にだらりと垂らした手が触れて、カサリとした音を立てた。

 閉められたドアには裏向きのチラシが外に出るように挟み込まれている。

 そこにはあらかじめマジックで、

 人が自殺しています。

 警察を呼んで下さい。

 救急車はいりません。

 と書いていた。

 私の死を、朝の通勤やゴミ出しの時に隣人に気付いてもらえるようにするための工夫のつもりだ。

 これを見てもらえればその日の内に死体を見つけてもらえて、きっと虫もたからないだろう。

 こういうのも身辺整理と呼ぶのだろうかなんて益体も無いことを考えていると、そろそろ首の圧迫感にも慣れてきて意識がボーっとしてくる。


 ――ようやく、死ぬんだ。


 不思議なほどに胸の中は空っぽだった。

 悲しみはない。

 辛くもない。


 ただ最期に少し。


 ――なんで私は死ななくちゃならなかったのかな。


 そんな誰に投げ掛けるでもない問いが頭をよぎる。

 そしてどこか遠くでテレビを消す時のようなプチンという音がして、それを合図にしたかのように私の意識は真っ暗な世界の中に溶けて消えた。

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