第6話 既視感
それからまた数日が経った。
今は屋上でぼんやりと1人、昼飯を食べている。
教室にいる時の根岸の視線は相変わらずだが、見ているだけで何もしてこないので、結局そのまま放置している。
そう、俺が気にさえしなければ、特に何もないのだ。
『あのなぁ、恋をした女子が、惚れた男子相手に、そう簡単に告白できると思うか?』
菅原が言った言葉が脳内をよぎるが、すぐに頭を振り払った。
そのまま食べていたパンを口に押し込み、珈琲で流し込む。
うだうだと考えても仕方がないので、そのまま教室に戻る事にした。
「なぁ、和也」
教室に戻り席に座ったタイミングで航に声をかけられる。
「どうした、航?」
「いや…そのさ…」
俺の方を見ていると思いきや、時々俺の後ろの方に視線が泳いでいる。
航は以前から、俺と根岸に何かあったかを気にしていた。
噂が菅原の耳にも入っているのに、噂好きの沙代ちゃんから何もない事に違和感を感じていたが、もしかしたら航経由で確認しに来たのかもしれない。
「航、別にお前が考えているような事は「し、清水君!」」
返答を返そうとした発言は、航の後ろから来た紗代ちゃんによって、食い気味に遮られた。
クラスの何人かがこちらを注目する。
そんな紗代ちゃんの顔は、彼女らしからぬ、少し焦り気味な様子だった。
「紗代ちゃん、どうかした?」
「えっ、いや、あのさ…」
航といい紗代ちゃんといい、この様子は先日の喫茶店と何ら変わりはなかった。
何か裏がありそうだと疑っていると、紗代ちゃんが何か思い出したかのように叫んだ。
「シ、シャー芯!」
「…は?」
「いや、その、シャー芯、持ってないかな!?」
「そりゃあシャー芯ぐらい持ってるけど…。0.5のHBで大丈夫?」
筆箱の中から新品のシャー芯ケースを取り出し、その内の何本かを紗代ちゃんに差し出す。
紗代ちゃんはしどろもどろしながらも、差し出した手で芯を受け取った。
「う、うん!大丈夫、ありがとう!」
「か、和也…」
質問を思い出したのか、航が再び話しかけてくる。
「何…?」
「こんな事、前にもなかった…?」
航の『こんな事』が何を指しているのか、皆目見当もつかないが、俺が覚えている限りをとりあえず答えてみる。
「あぁ、あるよ」
「いつ!?どこで!?」
そう答えた瞬間、紗代ちゃんの目の色が変わった。
先程渡した芯が折れないか心配だったが、紗代ちゃんはそんな事構わないといった具合で、ずいっと顔を近づけてくる。
「い、1週間くらい前に、八木ちゃんにあげたんだよ。今の紗代ちゃんと同じような感じで…」
「えっ、郁美に…?」
「そうだよ。というか、近いから離れて…」
「あぁ、ごめんごめん。そう…郁美に…ね…」
「それがどうかした…?」
「いや!何でもないの!何でも!はははーっ!じゃあ清水君、シャー芯ありがとね!」
明らかに紗代ちゃんは何かを隠していたが、チャイムが鳴ったので、詳しい理由を聞くことができなかった。
そして後ろからは相変わらずの視線。
本当、何なんだろうな…。
その後は特に何事もなく、放課後になった。
周りを見渡すと、航と紗代ちゃんは早々に席を立ち、菅原も部活に向かったようだった。
八木と根岸の姿はもうない。
特にどこかへ寄る用事もないので、俺も荷物をまとめてから早々に帰宅準備を進める。
そのまま学校を出ると、途中の交差点の辺りで、ポケットに入れていた携帯が鳴った。
取り出した携帯の液晶には、菅原の名前が表示されている。
「…菅原か、どうした?」
「おう、清水?今、帰宅中か?」
「あぁ、そうだよ。交差点の辺りだな…」
「ちょっと頼みたいことがあってさ!すまんが1回戻って来れねえか?」
「何だよ、明日じゃ駄目なのか…?」
「今日中に頼みたいんだ!どうせ帰っても暇だろ?頼む!」
「まぁ、いいけど…」
「サンキュー!助かるわ!それじゃあ、教室で待ってるからな!」
そういって一方的に通話を切られた。
早々に部活へと向かっていった菅原が、今日中に俺へ頼みたいこと…?
内容について考えても仕方ないので、俺はとりあえず学校へ引き返す事にした。
下駄箱で靴を履き替え、そのまま教室に向かう。
途中、あまり生徒とすれ違うことはなかった。
外から聞こえる部活動の音と、自分の靴音だけが、辺りに響いている。
いつも通り、教室の扉の前に立ち、そのまま扉を開けた。
教室内を見渡したが、そこに菅原の姿はない。
代わりにポツンと席に座っている八木の姿を見つけた。
「清水君…」
俺と目が合った八木が、俺の方を見て、微笑んだ。
その微笑みに、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
「八木ちゃん、菅原見なかった…?」
何とかばれないように取り繕って、八木に質問をぶつける。
しかし、彼女は首を横に振った。
「ううん、菅原君は来ないよ…」
「は…?」
「だって、私が清水君とふたりっきりで話がしたくて、菅原君に頼んだんだもん…」
その時、八木が俺に向けてきた視線は、あの時と同じ、真っすぐな視線だった。
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