第5話 視線
翌朝、いつものように周囲を観察していると、ふと背後から視線を感じた。
気になって後ろを振り向くと、1人で座っている根岸と目が合った。
何か用があるのかと思って、根岸に近づいていくと、彼女の顔が、みるみる内に真っ赤になっていく。
「あっ、お、おはよう、清水君。な、何か用かな?」
「いや、特に用はないんだが…。悪い、俺の勘違いだ…」
どうやら当てが外れたらしい。
そのまま踵を返して席まで戻ることにした。
俺自身、そこまで自意識過剰ではないと思っていたけど、少しだけ自信が無くなりそうだ。
何だか気恥ずかしさがこみ上げてきたので、ホームルームが始まるまで寝る態勢を作る。
すると、また背後から視線を感じた。
「……」
昨日、沙代ちゃんにあんな事を言われたせいか、根岸の視線が妙に気になってしまう。
しかし、反応したらしたで、さっきの様な恥ずかしい状況になってしまいかねない。
「し、清水君…?」
「ん…?」
どうしようか悩んでいると、前の方から声をかけられた。
何だか彼女とは久々に話すような気がする。
「何…?八木ちゃん…」
「あ、あのね、シャープペンの芯って、持ってないかな…?」
ホームルームまであと5分といったところだ。
菅原の方に視線を向ける。
相変わらず仲の良さそうな奴と、楽しそうに会話をしていた。
「0.5のHBしかないけど、いいかな?」
「うん、ありがとう」
八木が菅原と付き合い始めてから、こういった何気ない会話も減った気がする。
だからといって、寂しさをいつまでも引きずっているわけにもいかない。
あれだけ気まずいことがあったのに、こうやって会話できるだけでもマシだと思うべきだ。
立ち去る八木ちゃんの背中を見つめながら、自分の心境の変化に、少しだけ戸惑いを感じてしまった。
昼休み。
根岸の視線は相変わらずこちらに向いたままだったので、その視線から逃げるように、俺は席を立ち、購買へと向かった。
さすがにここまでは着いてこないだろうと、適当にパンと飲み物を選ぶ。
そこでレジ横に置かれているシャー芯が目に入った。
それを1つ手に取ると、パンの横に並べる。
「お姉さん、これもお願い」
「あらやだ、嬉しいこと言ってくれるじゃない?450円だよ」
少しだけ照れた様に笑う購買のおばちゃんに500円玉を渡して、お釣りをもらう。
シャー芯をポケットに仕舞い、中庭にでも行こうとした時、後ろから声をかけられた。
「清水!良かったら一緒に食べないか?」
そこには弁当らしき包みを片手に持った菅原の姿があった。
「で、何の用だよ。菅原」
「たまにはこういうのも悪くないだろ?今の俺があるのも、お前のおかげなんだしさ」
結局、押し切られるように菅原と中庭で昼食を食べる事となった。
航と食べるならいざしらず、何で恋敵だった菅原と昼食を一緒にしなければならないんだと、心の中で溜め息をつく。
「お前、弁当なんか作ってくる様な奴じゃなかったろ?」
青色で、花柄の巾着袋に、菅原の体系には似合うとは言い難い、小さめの弁当箱。
誰が渡したかは想像に容易いが、これといった話の話題がない以上、今の俺にはこれくらいしか菅原と会話できる内容がなかった。
心にチクチクと、何かが刺さる様な違和感を覚える。
「あぁ、これな。八木が作ってくれたんだよ。今日は用事があって一緒には食べれないらしいんだけどさ」
「あぁ…そう…」
考えるまでもなく正解を引き当てたらしい。
見せびらかすようにそれを口にする菅原に苛立ちを隠せず、無理やりにでも落ち着こうと、先程買ったコーヒー牛乳に口をつける。
正直、味なんかわかりもしない。
「それよりも、お前はどうなんだよ?」
「何が…?」
「上級生から根岸を守ったらしいじゃん?少しずつだけど、女子達の話題になってるぞ?」
「ぶっ…」
あの出来事から、まだ数日しか経ってないんだぞ?
しかもあの事を知っているのは、俺を除いて4人だけのはずだ。
すでに菅原が知ってるって…本当に噂というものは怖いものである。
驚きのあまり、飲んでいるものを吹き出しそうになったが、間一髪のところで飲み込むことに成功した。
菅原はむせている俺の息が整うのを待つと、話を進める。
「そんな反応をするって事は、その噂は本当みたいだな。それで、今後お前はどうするんだ?」
「どうするもこうするも。何もしないよ…」
「最近の根岸、ずっとお前の事見てるみたいだしさ。絶対お前に気があると思うんだけど」
「視線については俺も気になってたよ。だけど今朝、根岸に直接聞いてみたら、別に用はないんだってさ。なら別に何もないんだろ?」
「あのなぁ、恋をした女子が、惚れた男子相手に、そう簡単に告白できると思うか?」
そんなことはわかってる。
八木がそうだったんだから…。
俺は今、恋愛に対して、間違いなく臆病になっている。
菅原と八木が最後には別れると決めつけていた、俺の見通しの甘さを。
八木の本心に最後まで気づかないフリをしていた、俺の愚かさを。
今でも少しだけ菅原を嫉妬してしまっている、俺の心の弱さを。
哀れな
心の中では必死に忘れようとしているはずなのに。
『私、そのときから、ずっと、どうしようもなく、好きで、釣り合わないってわかってても、やっぱり好き、なんだ…。今でも…』
あの時の八木の真っすぐな視線が。
今でも俺の心の奥に、突き刺さったままなのだから。
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