第4話 疑問

あの出来事からさらに数日が経った。

いつも通り、寝ているふりをしながら周りを観察する。

「穂波ちゃん、いる?」

「ほなみ~ん、今日一緒にどっか寄ってかない?」

根岸やその友人達は、先輩と一緒に帰るまでの仲になっていた。


全員、八木に向けていた恨みつらみを取り除いてやったら、問題なく友情が生まれたらしい。

菅原と八木は先に帰ったようだ。

このまま菅原と八木の仲について、とやかく言う人が少なくなっていけばいいなと、改めて思いながら、帰る為に鞄を準備する。

それを見計らったかのように、背後から声をかけられた。

「清水君、ちょっといいかな?」

「俺も、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

そろそろ聞かれると思っていたので、心の準備をしていたのだが、いざ声をかけられると少しだけ緊張してしまう。

あまり突っ込まれるのも嫌なので、平然を装いながら、2人に返事をする。

「航、沙代ちゃん、何かあった?」

声をかけてきた2人は顔がニヤついていた。

本当に嫌な予感しかしない。

「ここじゃ何だから、帰りにどっか寄らない?」

「いや、今日は持ち合わせが少なくてさ。また後日でも…」

「今日は俺が奢ってやるよ、和也。それならいいだろ?」

すでに退路は断たれてしまったらしい。

帰り支度が終わっていた2人の後を、重い足取りで追いかけることにした。



2人に連れられて、商店街近くの喫茶店までやって来た。

テーブルの上には3人分のケーキと珈琲が置かれている。

2人が聞きたい内容は、きっと八木を非難していた先輩や根岸の、八木を見る目が明らかに変わったり、急に仲良くなったりしていたことだろう。

「で、聞きたいことって何?」

なので敢えて、航に奢ってもらった珈琲を口にしながら、わからないようなふりをする事にした。

ケーキを食べていた航が口を開く。

「和也。最近、根岸さんと何かあった?」

予想通りの質問だ。

だが、自分が関わっていると答える必要はない。

「別に、何も知らないが…」

「いや、絶対何かあったでしょ!最近の根岸さんを見たらわかるって!」

俺の返答に、沙代ちゃんが声を荒らげて抗議する。

確かに最近の根岸は変わった。

だが、見ただけですぐわかる様なものだろうか?

「そうか?俺には普通に見えるんだが…」

俺がそう答えると、2人とも大きく溜め息を吐いた。

「和也…お前って奴は…」

「まさか清水君がこれ程までだったなんて…」

今までのやり取りで、一連の事件が知られている様子はなかった。

俺自身、2人に呆れられるようなことをした覚えもない。

「2人共、本当にどうしたっていうんだ。根岸に何かあったのか?」

「和也、本当に気づいてないのかよ?」

「だから、何にだよ…」

さすがに、ここまで心当たりがないことを問い詰められても、イライラが募るばかりだ。

そんな俺を見て、沙代ちゃんが心配そうな顔で答える。

「いや…根岸さんが…清水君を見ている時の…顔がね…?」

「あぁ…あれはちょっとおかしいよな…」

根岸が俺を見る時の視線がおかしい?

2人が見て、おかしいとわかるほどに?

「いや、それはないだろ。何だよ、俺を見てる時の顔がおかしいって。俺と話す時の根岸は、別にいつも通りじゃないか?」

2人の事だから、一連の事件について、何か感づいたのかもしれないと思ったが、どうも違うらしい。

このままでは話が平行線になりそうだ。

すると沙代ちゃんがさらに質問をしてくる。

「清水君、前に私が言った事、覚えてる?根岸さんが清水君を好きだっていう話」

「あれだって、別に確証があっての話じゃないだろ?噂だけで浮かれる程、俺も馬鹿じゃない」

「和也…」

ケーキも珈琲もいただいた。

これ以上、2人に変な詮索はされたくはない。

置いていた鞄を背負い直し、席を立ちあがる。

「航、やっぱりお代はここに置いておくよ。沙代ちゃん、もう話はいいよね?」

「待って、清水君。最後に1つだけ教えて」

「ん?」

首だけを沙代ちゃんに向けて、質問の内容を待つ。

航は俺が普通に金を払った事に対して、少し不安を言っていたが、今は置いておくことにする。

「もし根岸さんが、清水君の事、本当に好きだったら。清水君はどうするの?」

人の好き嫌いが、そう簡単に移ろわないことは、わかっているつもりだ。

俺の八木への想いが、消えてしまったわけではないように。

八木がそうだったように。

「沙代ちゃんは、前の俺の気持ちを知ってるでしょ?だけど今の俺の気持ちは、俺でもわからないんだ…」

『私にとっては人生で1、2を争う事件だったっていうのに…』

思い出したのは、根岸が言っていたあの一言。

俺は根岸の事を知らない。

でも根岸は、俺の事を知っていた。


「清水君が好きって話、根岸さん本人から聞いたんだけどな…」

喫茶店を出る俺の背に、沙代ちゃんがそう呟いたが、俺の耳に届くことはなかった。

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