第3話 同類

しばしの沈黙が流れた。

俺の発した一言に、先輩2人だけではなく、根岸の友人2人もじりじりと後ろに下がっていく。

引き下がらないとは言ったが、事が大きくならないに越したことはない。

「あ、あんたが気にしてるのは、菅原君と八木のことでしょ!」

「そ、そうよ!その件とほなみんは関係ないじゃない!」


まぁ、そうなるよな...。

思ってるだけでは何も伝えられない。

菅原も、八木も、お互いにその事で苦しんでいた。

だから俺は伝えたいことを、ちゃんと口にすることにした。


「だから、関係ないことはないんです。菅原と八木ちゃんを引き合わせたのは俺で、それが原因で八木ちゃんの陰口を叩く貴方達がいる。そんな貴方達はもう部外者なんかじゃない。もし貴方達の中で何かあれば、八木ちゃんは絶対に気にしてしまう。八木ちゃんは優しいから。こんなひどいことをした俺でも許してくれる優しい子だから。だから、こういうことはもう止めて欲しい。あの2人の事は、もう放っておいて欲しい。お願いだ」

そう言って俺は深々と頭を下げた。

俺の中にあった思いを全て吐き出した。

嘘偽りのない。

本心を口にした。


「うっ…そこまで真剣に言われると…」

「私ら、何も言えないじゃん…」

頭を下げ続ける俺に、先輩2人は溜め息を吐いて、そう答える。

先程までのピリピリした空気は見事に霧散していた。


頭を上げると、呆れたように髪をかく先輩が俺に問いかけてくる。

「でもさ、清水だっけ?あんた何で八木の為にそこまですんの?今回、もしほなみんに何かあったとしても、八木が本当に気にするかどうかわかんないじゃん?」

答える前に後ろへ目を向ける。

「えっと…それだけは秘密です…」

根岸がどうしていいかわからず、そわそわしていた。



その後、先輩達と和解し、根岸達3人と俺だけが取り残される形になった。

すっかり先輩達の雰囲気に飲まれてしまったのか、3人は押し黙ったままだった。

「で、3人はこれからどうする?」

「ひゃ、ひゃい!すみません!」

「え、えっと、えっと!さっき事は、誰にも言いません!し、失礼します!」

俺がそう問いかけると、根岸の友人2人は顔を真っ赤にしてこの場を去って行った。

かなりテンパっていた様子が気になったが、残った根岸の方を確認すると、根岸も顔を真っ赤にしていた。

「あいつらぁ…」

根岸が小さく何か呟いた様だが、よく聞き取れなかった。

やはりあの2人に何かされたのかもしれない。

落ち着かせる意味も含めて、根岸の頭の上に手を置く。

「ひゃぅっ!」

「で、根岸は大丈夫なのか?怪我とかしてないよな?」

俺が見ていた範囲では怪我していないように見えた。

だけど、怪我をしているかどうかは本人にしかわからない。

すると根岸の眼から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちてきた。

「苦しい…よ…」

「えっ…?」

「清水君は…何で…こんな私にまで優しくしてくれるの…?」

「……」


『根岸さん、菅原君じゃなくて、清水君のことが好きだったみたいよ』


俺も馬鹿じゃない。

沙代ちゃんが言っていたことが本当だったとしても、それを鵜呑みにしてはいけない。

例えそれが嘘だったとしても、傷つく事は許されない。


さっきのやり取りを見て、改めて思った。

俺があの場へ飛び出したきっかけ。

「それは、根岸が、俺と同じだと思ったから…」

「えっ…」

八木にひどいことをしてしまった事を自覚し、自らの行動を顧みて、やり直そうと努力している彼女と。

八木と菅原にひどいことをしたというのに、フラれた後で2人の幸せを願ってしまった俺を重ねてしまった。


お互いにやり方は不器用で、不格好だったけど。

デートへ送り出した時の八木の笑顔は本物だったと思うから。

彼女の、八木への謝罪も、先輩への叫びも、紛れもない本心だったと思うから。


「最近の根岸が、ほっとけなくなっちゃったんだよね…」

「ふふっ、何それ…」

涙を流しながらも、笑顔を見せる根岸。

今更ながら、俺のとった行動が意味の分からないものだったなと改めて思ってしまった。

「八木に謝ってた日はまだ色々と警戒してた。でも、さっきの2人と全然絡んでる所を見なくなったような気がしたから、何かあったのかなって思い始めて。気づいたら根岸の事を目で追うようになってた」

「やっぱり、清水君は、あの時からずっと優しいままなんだね…」

「あの時…?」

「むぅ、やっぱり清水君は覚えてないんだ。私にとっては人生で1、2を争う事件だったっていうのに…」

根岸が頬を膨らませて抗議する。

俺としては、今まで根岸と絡んだことがなかったので、本当に心当たりがない。

「何か、ごめんな…」

「ううん、清水君はずっと八木さんの事好きだったもんね…」


好きか…。

確かに今でも俺は、八木の事が好きなんだと思う。

でもその好きはきっと、菅原を入れなければ完成しない好きなのであって。

それを知ってしまってから、俺の八木への好きという気持ちは、別の好きに姿を変えてしまったように思える。

でもきっとそれでよかったのだ。


そうでもなければ、こうやって根岸と笑顔で話すこともなかったと思うから。

今はまだ、本当の答えを見つけることはできないけれど。

答えを見つけることができた時、俺は…。

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