第8話

「政府非公認イド集団【葬儀屋】。

 天使を討伐するという目的は同じだが、天使を召喚したものを裁判や収容などせずに殺害してしまう点においてのみ、我々と相容れない敵対組織だ。

 今回の騒ぎで現れたのは『魔弾の射手』のイド、マックス・フライフォーゲル。よく現場に姿を現す奴だから、おそらく鉄砲玉なんだろうね。鉄砲使いなだけに」


 説明しながらしれっとしょうもない駄洒落を混ぜ込んでくる千紗に呆れつつも、琉生は静かに話を聞いている。


「天使召喚は法で裁かれる。私刑を認めてしまったらそれこそ無法地帯になってしまうから、彼らも止めなければならないんだ。最近はあまり大きな動きはなかったんだけどなぁ…」

「神永、葬儀屋の説明はもういいだろう。今回重要なのは、その葬儀屋の凶行を止めた仮称ハイドだ」


 瑞姫は琉生の前にノートパソコンを置いて画面を見せる。映し出されたのは、防犯カメラと思しき画面。カメラは銃使いのイド──マックスを映していたが、10秒としないうちに…ぷつんと映像が途切れてしまった。


「魔弾野郎を映していたカメラは全部途中からこんな調子だ。そして、お前と仮称ハイドがいる位置にあったカメラに至っては、最初から最後まで全部砂嵐。何があったかさっぱり分かりゃしねぇ。加えて現場にいた一般人に話を聞いてみたものの…こんな調子だ」


 続いて瑞姫は、事情聴取を録音したであろう音声データを再生する。


『銃を持った男と話してた男の子の隣から、デカくて真っ黒い犬みたいなのが飛び出して来たんです。そいつは男の銃を奪って、天使呼んだ奴もろとも押さえつけて…2人が気絶したのを確認したら、ふっと消えました』

『男の子の隣にいた人物は見えましたか?』

『はい、でも……なんだか、おかしいんです。居合わせた人たちと話してたんですけど、みんな、見えてるものが違ったんです』


 目撃者らしき女性の声が僅かに震えた。


『と、言うと?』

『えっと、男の子の隣にいた人、私には金髪のやんちゃそうな男の子に見えたんです。でも、他の人たちに聞くと、黒髪の大人しそうな女の子だったとか、茶髪の青年だったとか…とにかく、誰も目撃証言が一致しないんです。他の人にも聞いてみてください、多分そんな感じだと思います…』


「……」

「獣になるだけなら『山月記』、認識阻害だけなら『長靴をはいた猫』やら何やら、カメラに映らないだけなら吸血鬼系の何か。そういう風に推測も可能だ。だが、これら全てを集約したイドは未だ発見されていない」

「でも、その黒い獣…たしか、僕が天使に襲われた時にも…」

「ああ、目撃証言が一致している。お前の能力かと思われていたが、違う可能性が出てきたな」

「そう、なのでしょうか…」


 考え込む琉生に、ふと有栖が思い出したかのように口を開く。


「本の虫をとられた、とかない?」

「!」

「あのね、噂で聞いたことがあるの。他のイドから本の虫を取り上げて、自分のものにするイドがいるんだって。あくまで噂、なんだけど…どう、かな?」

「なっ…そ、そんなイドが、いるの?」

「落ち着けやモブ顔、あくまで噂だっつってんだろ」

「まあまあ、火のないところに煙は立たないっていうし?そっちの方面で今度ハイドに探り入れてみたらどう?」


 突如投げかけられた、にわかには信じがたい可能性の話に黙り込む琉生を他所に、大人たちの話は進む。

 琉生には、あのハイドという少女がそんなことをする人間だとはどうしても思えなかった。彼女のあの屈託のない笑顔は、何故だか自分を安心させてくれる気がするからだ。会ったのはたった数回だと言うのに、本を通してのコミュニケーションを経て、彼女への好感度は加速度的に増していった。


 ──でも、それすらも彼女の「能力」だとしたら?

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