第6話

「……」

「……」

「……」

「……」

「…………あー!!!退屈だー!!!!」

「うわうるさっ」


 書類作成中の瑞姫、クレヨンで絵を描いてる有栖、テスト勉強中の琉生、義足の自主メンテナンス中のハナビ。各々の用事をしている最中に、同じく日報作成中の千紗が突然叫び出した。


「てめぇにはてめぇの仕事があるだろ引きこもり。黙って手を動かしやがれ」

「やってるよ!やってるけど退屈なの!!私はさぎょイプしてる方が執筆が捗るの!!」

「知るか黙れ」

「たいくつ、たいくつ…たい…」


 瑞姫が千紗を窘める横で、無意識に連想ゲームをしてしまった有栖の頭上を空想の鯛が泳ぐ。


「有栖はその鯛をしまえ」

「はーい」


「…えっと…雪代さん、なんで有栖はお絵描きなんですか?」

「能力制御訓練の一環だ。空想を実体ではなく絵にアウトプットすることにより…まあいろいろあるらしい」

「説明ざっつ」

「うるせぇ戦闘狂。てめぇは何回義足ぶっ壊せば気が済むんだ」

「は?今回はぶっ壊してないし。そもそも暴走これ自体が私の能力なんだから仕方ないだろ」

「そういうのを甘えっつーんだよ」

「手合わせで負ける度に暴走して毒霧漂わしといてどの口が言うか毒林檎」


 先程までの心地よかった静けさが一転、まるで池に餌を投げ込まれた鯉のように騒がしくなったのに耐えかねて、琉生は再び声を上げる。


「あ、あの、喧嘩はちょっと…」

「黙ってろモブ顔」

「黙れモヤシ」

「アッハイ…スミマセン…」


 さっきまでいがみ合ってたのが嘘のように息ぴったりな罵声を浴びせられ、大人しく座ってテスト勉強に向き直る。




 琉生がASCの保護監視下に置かれるようになってから、早3日。

 天使も、毎日コロニーの中に出る訳では無い。だが決して暇になることは無い。3交替制度による昼夜絶やさず数時間おきの哨戒、壁に綻びがないか確認・修繕、戦闘訓練、日報作成、その他雑務。静かだけれど、やることはたくさんある。

 それでも、土日に経験した騒動を考えると、随分平和に見える。


「…瑞姫、できたよー」

「ん。…うん、有栖の絵は色遣いが綺麗だな」

「えへへぇ」


 有栖が画用紙に描いた絵を見て、瑞姫は小さく笑って褒める。その姿は、年の離れた妹を可愛がる兄そのものだ。


「…そういえば、有栖っていくつ?」

「ん?んーと…12歳!」

「へぇー12歳かぁ……12…え、12!?」

「今年の冬に13歳になるんだよねーアリス」

「じゅうさんさい…」


 ということは、現在中学1年生だろうか。小柄だし言動が幼く見えることから、てっきりもう少し小さい子だと思っていた琉生は思わず驚いてしまった。

 学校にはちゃんと行ってるのだろうか…とも思ったが、ここはASC。そういう話はセンシティブだろうと口を噤んだ。


「お?るいるいはもっとロリなのがお好きか??」

「違いますよ人聞きの悪い…」

「ロリコンは毒林檎だけで十分だ」

「あ゛?」

「ムキになるなって、認めてるのと同じだぞ」


 バチバチと火花を散らして睨み合う瑞姫とハナビ。おおよそ成人済みの大人がやる内容の喧嘩ではない。


「もー瑞姫、あんまりイライラしてるとお顔怖いよ?」

「む…」

「ハナビもあんまりカリカリしないの。はい、キャンディあげる」

「んぐ…」


 有栖が瑞姫とハナビを窘めると、一瞬にして静けさが戻った。

 …言動が幼いというのは撤回しよう、と琉生は思ったのであった。






 ピンポーン

 呼び鈴が鳴らされた。


「ん、物資が届いたか。敷辺、行ってこい」

「えっ僕ですか!?」

「一応私もついていこうか、るいるいだけじゃ大変でしょ」

「…」


 おかしい。自分はASCの職員じゃないはずなのに、ナチュラルにこき使われようとしている気がする。

 釈然としないまま、琉生は千紗に連れられて玄関へと向かった。




「こんちゃー、いつもご贔屓の【つばめトランスポート】ですー!ご注文のお茶っ葉その他諸々がとう『ちゃ』く、やでーなんつってー!」


 開口一番、玄関先の小柄な少年が発した元気なギャグに、琉生は「は、はぁ…」と思わず苦笑してしまう。

 それを受け、少年にそっくりな見た目の少女がツッコミを入れる。見たところ双子だろうか。


「もー、つまらんこと言いなやあにやん…ほら、お兄さん困っとってやん?」

「ありゃ、これはえろうすんませんなぁ〜。改めまして、ご注文の物資です!判子かサインお願いしますー」

「あ、はい…えっと、僕の名前でいいですか?」

「いいよー」


 それから滞りなくサインがされ、ダンボール4、5箱分の物資が受け渡された。


「いつもありがとねーつばめちゃんたち!」

「いえいえー!そういやお姉さん、このお兄さん新人さん?」

「うん、ちょっと訳ありさんだけどねー」

「そうなんやー。ほな自己紹介しよか!

 ぼくら、双子の運び屋さん『つばめトランスポート』!赤チェックのマフラーのぼくが『Q』で、」

「青チェックのマフラーのうちが『P』!赤いお帽子を見かけたらどうぞご贔屓にー」

「ほな、ぼくらはこれで!」

「まいどおおきにー!」


 賑やかな運び屋たちは、元気に一礼すると軽やかな足取りで去っていった。


「あの子たちもイドなんだよ」

「え、そうなんですか?」

「『幸福の王子』の燕のQと、『おやゆび姫』の燕のP。彼らはASCの提携団体【コリダリス】に所属しているんだ」

「ASC以外にも、イドの団体があるんですね…」


 興味深げに頷く琉生に、千紗は苦笑する。


「彼らみたいにいい人たちだけだったらいいんだけどね」

「?」

「なんでもないよ、行こ」

「あ、はい…」

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