第4話
「るいるいの言うハイドって女の子は、少なくともASCには所属していないようだね」
「そうですか…」
自分の本来の性格。
ハイドと名乗る少女の正体。
そして、自分が過去に捨てたもの。
100日以内の宿題を出された琉生は、まずハイドについて探ることにした。
「『ジキル博士とハイド氏』のイドは数人登録されているけれど、どれもその子には該当しないね」
「物語が被ることってあるんですね」
「ああ。同じ物語でも、語り部が違えば違う物語になるのさ。…と、それはいいとして、
テスト勉強進捗どうですか〜?」
「なめないでくださいよ、心配されずともこう見えて予習復習は欠かさない人間なので」
「わぁ真面目ちゃん」
ゴールデンウィークが終わって暫く。今年も中高生の敵、定期テストがやって来た。とはいえ、普段から勤勉な琉生。それほど追い詰められてはいないようだ。
「勉強好き?」
「嫌いではないですね、小さい頃から本を読むことが好きだったので」
というか、それしかやることがなかったので。という正直な呟きに千紗は思わず吹き出す。
「友達0人って本当なのかい?そうは見えないけれど」
「学校では授業以外本当に喋りませんよ、喋る相手居ないんで」
「君あれだろ、学校とか楽しみでも何でも無く惰性で行ってるとか言い出すタイプだろ」
「言いませんよそんな厨二病発言」
「でもさ、本当に知らないのかい?彼女のこと」
千紗からの指摘に、琉生は一瞬黙り込んだ後、口を開く。
「…正直言うと、ところどころ記憶に自信が無いところがあるんです。特に10歳頃までの記憶がぼんやりしてて…勉強とひとり遊び以外に、何をしていたのか…」
「…となると、その空白の記憶の中に仮称ハイドがいるんじゃないの?小さい頃のアルバムとか漁ってご覧よ、きっと収穫はあるぞ〜?」
「……そう、ですね」
「失礼します。敷辺さん、精密検査結果が出ました」
資料室の扉を開けて入ってきたのは、白衣を着た黒髪の女性。
彼女は
「めい姉さん乙でーす!どうでした?」
「……」
明子は平時の無表情を崩さず、ぱたんと扉を閉めて琉生に歩み寄る。
「率直に言います。敷辺さんのエス係数は0.00%、エゴ係数23.97%、スーパーエゴ係数41.38%。これはイドでも白紙でも、ましてや普通の人間でもありえない数値となっています」
「はぁ!?ちょ、ちょ、ちょい待ち、計算がおかしい!それじゃあ100%にならないじゃないか!!」
「……えっと…どういうことですか?」
千紗の驚嘆と琉生の疑問を受け、明子はメモ紙を取り出し図を描いて説明を始めた。
「エスは『無意識の本能』、エゴは『自我』、スーパーエゴは『経験から培った良心』とでも訳しましょうか。精神分析学用語ですが、詳しくは割愛で。
こう縦長の氷山を描いたとして、左半分がスーパーエゴ。右半分を上下に分けて、上がエゴ、下がエスとなります。普段は先端のエゴとスーパーエゴの一部だけが海面、つまり意識上に表出している状態となります」
「ふむ…」
「通常の人間は、多少の揺れはありますがこれら3つの数値がスーパーエゴ50%/エゴ25%/エス25%になります。これは我々イドも同じですが、イドは能力発動時及び暴走時、エス係数が跳ね上がり、スーパーエゴ係数の領域を侵食します。しかしそれでも、どの数値もゼロにはなることはありません。そして合計値が100%から変動することもありません。
逆に、白紙状態の人間は全ての数値がゼロになります。人間としての自我も、本能も、人間社会の理性も、あれらにとっては要らないものだということでしょう。
……ですが、敷辺さんはエスが完全なゼロ。スーパーエゴとエゴの合計も100%に足りていません。まるで、エスだけが抜け落ちてしまったような…」
実感を持てずそのまま黙り込んでしまった琉生の手を、明子がおもむろに握る。
「安心してください、敷辺さん。私がこの現象の謎を解き明かします。それが私の使命で、生きる意味なのですから!」
「お、おぉ…はい、よろしくお願いします…?」
「今日は日曜日ですが、今週から毎週土曜日ここに来させていただきます。何か気になることがあればいつでも教えてください」
とだけ言い残して、明子は帝都に帰っていった。
千紗も帰ってしまい、1人残された琉生はしんとした資料室で一息つく。
「…家帰るか」
「帰って何するのー?」
「うわぁ!?」
ひょこっと後ろから顔を出してきたハイドに、琉生は昨日と同じく驚いて飛び上がる。
「え、えっと…ハイド?ここ、ASCの中なんだけど…君、ASCの人じゃないよね?」
「ふふふー」
「いや笑ってごまかさないでよ」
「なあなあ琉生ー、勉強なんかよりアタシと遊ぼうぜー?」
「無理。油断してるとテスト大変なことになるの目に見えてるし。君のところはテストないの?」
琉生の素っ気ない言葉に、ハイドは一瞬固まって、それから拗ねた子どものような顔をした。
「…べんきょう、きらい。あそべないから」
何故か、その表情に懐かしさと、言い知れぬ罪悪感を感じた。
「……終わったら遊んだらいいじゃん」
「いつ終わる?琉生、いつ遊べる?」
「僕?あー…再来週かな」
「…ん。わかった。まってる」
またね、琉生。
そう言って、ハイドは資料室から出ていった。
「……ん?あの子、なんで僕と遊ぶこと前提で話進めてたんだ…?」
そう呟いた瞬間、施設内に警報音らしきアラームが鳴り響く。
『天使警報!天使警報!
「!?」
突然の警報に慌てふためきながら、琉生は外に出ようと資料室の扉に駆け寄る…と同時に、外から瑞姫が勢いよく扉を開けた。
「聞いたかモブ顔、出動だ」
「へ、は、え???」
「お前の本の虫はもしかしたら体内で眠っているだけかもしれない、それなら現場で死の危機に瀕すれば目覚めるだろうとの、本部からのお達しだ。お前には死の危機に瀕してもらう
──来い。実戦だ」
「……はぁあああああ?????」
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