5 鬼少女と人間少年
人外、と呼ばれる存在が世界に現れた事で、行事にも変化が現れた。
例えば日本での節分には本物の鬼が現れ、多くの地域で豆まきが見直される事になった。
そもそも伝承や伝説とされていた存在が実在していた事にも驚きで、更に意思疎通が図れるのもなんだか不思議な話だった。
そんな自分の家にも今年、1人の鬼がやってきた。
「鬼は外、福は内」
そう言いながら僕は落花生を庭先にまき始める。
「今の豆まきは生易しくなったもんだな。昔は目を潰される事もザラだったというのに」
まかれた落花生の1つを拾いながら言う、少しドスのきいた声。頭の角、人間よりも赤みがかった肌、どこか古さを感じる服装。イメージほどの巨体ではないものの、それは間違いなく鬼だった。初めて見る人外に、僕の体はすくんでしまう。
「どうした人間?節分なんだから鬼が庭先にいたら豆をぶつけるもんだろ?それとも、鬼と共に福を招く地域か?」
鬼も内、と呼ぶ地域もあるらしい事は知っている。けれど自分の家では昔から「鬼は外」が通例だったようだ。
「あ、ええと…鬼は外、福は内!」
そう言いながら落花生を投げる。いくら本人が鬼とはいえ、本気でぶつけるのはなんだか申し訳ない気がして力が入らない。落花生は力なく落ちていく。
「力が足りてないぞ!本気で福を招く気があるなら、全力でぶつけてこい!あたしは鬼なんだから、情けは無用!さあこい!」
威圧するようにその場に構える姿を見て少々怖じ気づく。でもきっと本気でぶつけなければ納得してもらえない気がして、
「鬼はー外!福はー内!!」
心の中でごめんなさい、と謝りつつ、本気で鬼に豆をぶつける。人間だったら怪我してもおかしくないほど強く投げてるはずなのに、その体はびくともしていない。
「やればできるじゃねぇか。今後はあたしら鬼がいるんだから、人間相手には投げるんじゃないぞ!」
軽く笑いながら肩を叩かれる。…加減はしてくれてるのだろうけど、ちょっと痛い。
「さて、儀式も終えたところで、豆をもらってもいいか?」
「それは構わないけど…儀式?」
「人外はその存在意義を満たすことで、この世界に存在できているんだ。鬼は伝承が多いからちょっとやそっとじゃ消えないが、伝統が消えちまえば存在意義も減る。だからこうした行事も、人外にとっては大事な儀式みたいなもんなんだ」
「そうか…。なんだか大変そうだ」
「そうでもないさ。新しいことも悪くはねぇが、どこかが伝統を守ってくれりゃあ、文句はねぇ。…と、年の数の豆を食べるんだったな。あたしはえーと…」
指折り数えていた鬼だったけど、すぐやめてしまった。
「忘れた!人間、お前から先に食っとけ。あたしは余ったのをもらう」
「あ…うん」
その豪快さにちょっと引きつつ、人外がいる世界も悪くないな、と思い始めていた。
結局その鬼は翌朝まで居座り、「また来年も来るからな!」と言い残して去っていった。
これまでは何の気なしに、ただの習慣のように続けていた行事も、これからはこうして変化していくのだろうか。
鬼の残していった古い絵巻を眺めながらそんな事を思う。絵巻には今よりも巨体で恐ろしい血相をしたあの鬼と、必死に豆を投げている人々が描かれていた。
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