3 吸血鬼少女と退魔少女
「で、来たわけなんだけど」
「うん、帰って」
蝙蝠のような翼を付けた少女に、私は冷たく言い放つ。
事の発端は数分前。
「失礼しまーす」
夜に私がのんびり読書していたら、その声と共に少女が突然窓から不法侵入してきた。暑いからと窓を開けていた私も悪かったけど、まさか2階から入ってくるとは思いもしなかった。
「えーと、どちら様?」
「わたしは吸血鬼なの。あなたの血をもらいにきたんだよ」
胸を張ってそう言う。…事案扱いされても嫌なので丁重にお帰り頂こう。
「あー間に合ってます。お帰りください」
窓から押し出そうとするものの、少女はその体格に似合わない強さで全然びくともしない。
「まーそう言わずに。話せば長くなるんだけど」
そう言うと、少女は長い長い身の上話を始めた。要約すると次の通り。
少女は吸血鬼である。
吸血鬼は人間の血を必要とする。
だから私の元にやってきた。
そして冒頭のやり取りに戻るわけだ。
「むーなんでそんなに冷たいかなぁ。人間は血の一滴や二滴なくたってすぐ生成できるでしょ?」
「血なら献血してる所に行きなさいよ。あそこなら君の求めるものもあるはずだし」
「あれはダメ。人間の肉体から離れてるから全然美味しくないもん」
「あ、そういうものなんだ」
「それに血が足りない人間のものを吸ったら人間も減っちゃっていいことないの」
「私は別に血気盛んじゃないんだけど…」
「あなたを選んだのは、窓から入れたってだけだもん」
「…やっぱり帰って」
「そう言ってここから出せないの知ってるよー?諦めよっか」
そして遂に少女は部屋の中まで入ってしまった。…どうしようか。
「吸血鬼は招かれないと家に入れないんじゃなかったっけ…」
「誰なの?そんな変な迷信流したの」
「知らないよ。本に書いてあっただけだから」
とりあえず入ってしまったものは仕方ない。お菓子とお茶でも与えて今度こそ帰ってもらおう。
「わたしはあなたの血が飲めるまで、絶対帰らないからね!」
読まれてしまった。
「読心術はお手のもの!人間すぐ嘘つくもん」
「否定できない…」
「それで、いつになったら吸わせてくれるの?」
「いつだってダメだよ」
「なんでー!お腹すいてずっと彷徨ってるのに…」
しゅん、とした様子で俯く少女。その姿にはどこか罪悪感も生まれる、けど。
「吸血鬼は不死身でしょ、飢えたくらいじゃ死なない事ぐらい知ってる」
「む…手強い」
「わかったら他をあたって。私から吸うのはとにかくダメ」
「…あなたが寝るまで待つんだから」
「やれやれ…」
ため息をつく。これでは頑として帰ろうとしないだろう。
私は1つ深呼吸して、本当の事を話す。
「私の血は、吸血鬼を殺してしまう」
「え?急になに言って…」
「言葉の通りだよ。私の家は昔から、魔物とかそういったのを退ける力があってね。生憎私はその才能がなかったけど、その血には退魔の力が宿ってる。だから、君がそれを吸ってしまえば、消えてしまう」
「そんなの嘘だよ!だって、こんなに良い香りがしてるのに、今にも牙を突き立てたいくらいなのに!」
「それなら尚更だよ。私は、君が灰になるところなんて見たくない」
「それじゃあ、ほんの少しだけ、ほんの一滴だけでいいの。それでダメだったら諦めるから」
「…わかった」
仕方ない。私は近くのはさみを取り出し、腕に少し傷をつけた。ひりひりした痛みと共に血が滲む。少女はそれに指をそっと触れる。
…?特に変わった様子はない。
「うーん、なんともないよ?」
そして血に濡れた指を口に運ぶと、
「…!!!」
飛び上がって喜び始めた。…あれ?
「なんだー。何ともないからわたしは大丈夫だ!」
少女が喜ぶ一方、私は困惑を隠せない。
「どうして…?君以外の吸血鬼は、この一滴ですら灰になってしまったのに…」
「なんでだろね?わかんないけど、これで大丈夫だって分かったならいいよね」
少女はそっと私が腕につけた傷をなめる。するとたちまち傷は塞がってしまった。ちょっとくすぐったい。
「…いや、でもやっぱり…」
それでも完全に大丈夫、とはまだ思えなかった。後から効果が出てくるとか、その可能性も否定できない。
「ほんと心配性なんだから。あなたが寝るまで待つもん」
「はいはい…」
その頃にはきっと効果も出始めるだろう。私は読書を再開した。少女か特に邪魔してくることもなかった。
そのまま、気が付けば眠ってしまっていたらしい。目を覚ますと、貧血の時のようなだるさが襲った。
本当に寝ている間に吸ったんだな…と思いつつ辺りを見渡すが、少女の姿が見えない。まさか…。
結局、夜になっても少女の姿はなかった。あの時、ちゃんと止めておけば…そう後悔していると、一匹の蝙蝠が飛んできた。筒状に丸められた手紙を持っていたのでそれを受け取り、中身を読む。
『わたしがいなくて、消えちゃったかと思った?ざんねんでしたー!ちゃんと元気だよ。でも家族には怒られちゃって、もうあなたの血は吸っちゃダメだって。あんなに美味しかったのにもう吸えないなんて残念。またどこかで会えるといいね。その時は色々お話しよ!』
手紙を持っていた蝙蝠はそのままどこかへ飛んでいく。昼間その姿を探したら、陰になっている家の軒下に止まっていた。
私が寂しくないように寄越してくれたのかと思うと、ほんの少し安心した。
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純血の吸血鬼だったら危なかったぁ…。蝙蝠の姿のわたしはそんな事を考える。
おかあさんが言うには何年か経てば元の姿に戻れるみたいだけど、あの人間には悪いことしちゃったなって本気で思ってる。だからせめて罪悪感を感じないように、こうして傍にいる事にした。それでも血は吸わないと戻れるものも戻れないから、夜には人間を探さなきゃなぁ…。
手紙を読んでほっとした様子の人間を見ていたら、なんだか早く元に戻って安心させたくなった。
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