2 屍少女と人間少女
1年前、友人が流行り病で死んでしまった。
土葬をしている間も、最期の言葉をかけた時も、私は未だに彼女が死んだ事に実感がない。そうやって、どこか空虚にも似た日々を過ごしていた。
そんなある日、友人は、蘇った。
いつものように朝起きて洗濯して、ご飯を食べて畑の様子を見る。そして日が暮れてご飯の準備をして、床につく。いつも通りの日常が終わるはずのその夜。懐かしい声が聞こえた。
「こんばんは…いる…?」
どこか掠れたような声だったけど、その声の主を聞き間違えるはずがなかった。私は慌てて飛び起きて声の方へと向かう。
そこには、目の焦点を失い、どこかふらふらとした様子の友人がいた。その様子はちょっと怖くもあったけど、彼女の名前を聞いてみる。すると、はっきりと自分の名前を返した。
「ずっと、ひとりで、さびしかった…。くらくて、つめたくて」
「ごめんね。貴方が死んでしまったなんて、ずっと実感がなくて…お墓参りにも、行けてなかった」
私はこの時、友人が幽霊になって化けて出てるのだと思っていた。死者が蘇るなんてあり得ないと思っていたから。だけど、友人は確かに私の手を掴んだ。とても乾いていて冷たくて…本当に生きていないのだと、残酷な現実を突きつけるように。
「わたし、よるにしか、うごけない。あさになったら、たいようがあたったら、すぐ、ぼろぼろになっちゃう。だから、いっしょにいられるのは、くらいばしょと、よるだけ」
「そうなんだ…。でも、こうしてまた会えるのは嬉しいよ」
「わたしも、うれしい」
少しぼろぼろになってしまった体、顔でも、その笑顔はやっぱり友人のものだった。私は壊れてしまわない程度に軽く抱きしめて、その日は別れを告げた。
次の日、友人の親から電話が来た。
なんでも、友人の墓場に掘り返されたような跡があり、遺体が消えてしまっているらしい。
昨日会ってから戻ったのではないのか。そう思い、私は昨日友人と会った事を話した。すると友人の親は「まさか…」と信じられないような、受け入れたくなさそうな、そんな声を上げながら受話器を落とす音が聞こえた。
少しして、「もしも見つけたら自分達の元へ来るように伝えてほしい」と頼まれ、そのまま電話は終わった。
私は自分の家で、ずっと日陰になりそうな場所を探した。自分の部屋、農具置き場、そして倉庫…そこで、友人の姿を見つけた。
「墓場から貴方の姿がなくなって、ご両親が心配していたよ?もしかして帰れなかったの?」
「いや。まだかえりたく、ない」
友人は力なく首を横に振る。ただでさえ脆くなっている体、今にも折れてしまいそうだ。
「どうして?」
「かえったら、からだ、もやされちゃう」
「燃やす!?どうして…」
友人はゆっくりと、理由を話してくれた。
元々この地方では土葬が当たり前ではあったものの、今回の友人のように蘇って歩き出してしまう者もいた。そういった者は悪魔に取り付かれているとされ、その遺体を燃やして灰にして改めて埋める事で、霊魂は完全に成仏される、らしい。でも…。
「貴方は貴方のままだよ。悪魔に取り付かれたりなんてしていない、貴方自身じゃない。それなのに…」
「でも、それがにんげんのため、なんだって。もしかしたら、あなたまで、わたしみたいに、なってしまうかもって」
「…」
友人の姿を見る。こうして動いているのが不思議なくらい腐敗が進んでいて、見ていて痛々しい。もし自分がこうなったら…ちょっと怖くなって聞いてみる。
「痛くないの?それ…」
「いたみ…?かんかくないから、わかんない」
「そっか…そうだよね。もう、死んじゃっているんだし…」
「…あなたは、わたしに、かえってほしい?」
とても悲しそうに見てくる。そう言われると、胸が苦しくなる。間違いなく目の前にいるのは友人その人なのに。こんな姿では、これまでのように一緒に遊んだりお話しする事も難しいのはわかる。だったら…。
「…ごめん。やっぱり貴方をそのままにはできない。ずっと会いたかったけど、いくら感覚がないとはいえ、その姿じゃ思うように動けないでしょ?お互い、来世でもいいの。元気な貴方と、一緒にまた遊べたらそれでいいの。
…本当は私に会いに来たの、私が寂しがってたからなんだよね」
「…ようやく、きづいてくれた」
友人はぎこちない笑顔を浮かべながらそう言う。
「そう。わたしはわたし。だけど、もうこのこはいないの。でも、あなたのこえがきこえたの。またあいたい、もういちどあいたいって。だから、あいにきた」
「うん。…どうして燃やしてしまうなんて風習があるのか、ようやくわかったよ。こうして体が残ってると、私みたいに寂しくなって、『まだ体が残ってるから、もしかしたら生き返るかもしれない』なんて思ったりしちゃうんだね」
「もしかしたら、そうかもね。…そろそろ、ひがくれる。こんどはそうぎ、ちゃんとみまもってね」
「うん。…これで本当に、お別れだね。ありがとう…そして、さようなら」
乾ききったはずの友人の目には、涙が浮かんでいたような気がした。
そのまま友人は目をゆっくり閉じて、私に倒れ込んだ。その後、友人が再び動き出すことはなかった。
私が友人を抱えて家族の元へ連れてきた時は、あまりの腐敗の進み具合にしばし言葉を失っていた。そしてその夜、二度目の葬式…今度は火葬が執り行われた。
火の中に消える友人の体。不思議と、最初の頃のような空虚感も、絶望感もなかった。天に上っていく煙を見ていると、これで本当に解放されたのかな、と思って。
その後、私は初めて友人のお墓参りに行った。最近の出来事や、自分の事、いろんな話をした。
言葉を返してくれる事はないけれど、そこで見守ってくれてる、と確かに感じられて。
あの時私に話しかけてくれたのは、本当に友人だったのか。それとも、取り付いていた悪魔だったのか、今ではもうわからない。
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