第3話お転婆姫を調略する。
一年後、クラウスである俺は魔王軍大将になる。
そこで俺はクーデターを起こし、この腐った魔王国を帝国との戦争に勝ちるだけの精強な組織に作り替えるつもりだ。
そのためにこの1年間は仲間を集めていかなければならない。
そんな俺が最初に目を付けたのは婚約者だ。
俺のスキル「報恩」は俺に捧げたものに応じてスキルを付与することができる。
つまり、婚約者に俺を心から愛させ、身も心も捧げさせれば、それに応じた強力なスキルを付与できるのである。
そこで、俺はクラウスになってすぐにクラウスの婚約者である第10皇女フィーナに会うために、剣術の修練場を訪れた。
フィーナは背が高く、短い黒髪が特徴的な少しボーイッシュな美女だった。
「なんの用?」
フィーナは俺に気づくと、木刀を振る手を止めることなく、つまらなそうにこちらに語り掛けてきた。
なるほど。
はねっかえりのお転婆姫と聞いていたが、剣の腕は相当のもののようだな。
しっかり教育すればかなり良い手駒になりそうだ。
「その反応はあんまりじゃないか。せっかく婚約者が来たんだぞ」
するとフィーナは木刀を振る手を止めて、こちらを向き言った。
「前から言っているでしょう。私との婚約を破棄しなさい。私は私よりも弱い男と結婚する気はないわ。」
なるほど。
クラウスはこの女になめられているらしい。
もしくはこの女に本気で惚れていたからこそ強くでることができなかったのだろうか。
俺はフィーナの様子を見て笑みを受けべた。
彼女は希望や夢にあふれている。
そしてそれは弱さだ。
希望や夢のある人間はそれが折れてしまった時、簡単に人生を他人に明け渡してしまうからだ。
まあ、従順な婚約者が欲しい俺としては好都合だが。
すると俺が笑みを浮かべたことを気味悪く思ったのかフィーナが言った。
「何か雰囲気が変わったわね。昔のなよなよしたあなたも嫌いだったけど、今はもっと嫌いだわ。何か胸の奥底にどす黒いものを抱えているような感じがするもの。」
同感だな。
俺も俺は嫌いだ。
舞を生き返らせるという目的がなければこの世に生きていないだろう。
俺は刀を取ると言った。
「フィーナ。俺と勝負しよう。」
「正気?小さい頃から刀一つ握ったことのないあなたが私に勝てるとでも」
「俺が負けたら婚約は解消してやる。その代わり、俺が勝ったら今夜は俺の屋敷に来てもらおうか。婚約者としての務めを果たしてもらうぞ。」
俺の言葉にフィーナは怒りを抑えるように笑みを浮かべて言った。
「へー。言うようになったじゃない。前よりも魅力的よ。婚約を破棄することが残念な位だわ。」
そして俺とフィーナは打ち合いを始めた。
まず最初の打ち合い。
フィーナと俺の木刀がぶつかり合うと、フィーナの木刀が弾き飛ばされた。
「嘘…。」
俺はフィーナの木刀を拾うとフィーナに渡して言った。
「驚いたな。女とはいえここまで非力とは。今のはなしにしてやる。もう一番だ。」
次の打ち合い。
フィーナは前回の打ち合いで学習したのか間合いを取って剣檄を打ち込んでくる。
素晴らしい。
全ての物事に言えることだが、一度失敗したものから学ばない人間には未来がない。
その点、フィーナは合格点だ。
俺は素早く間合いを詰めると、フィーナの顔をめがけて竹刀を振った。
フィーナは俺の素早い動きにとっさに反応したがそのまま尻もちをついて倒れこんだ。
俺はフィーナに右手を差し出すといった。
「つかまれ。」
しかしフィーナは右手を払うと自ら立ち上がって言った。
「とどめをささないということはもう一番やるということで良いのよね。」
「ああ。俺の婚約者として俺に生涯をささげる覚悟ができるまで何度だって勝負してやる。」
そこから俺とフィーナは8番、勝負を行った。
しかし、やればやるほど、フィーナの剣技は鈍くなっていった。
フィーナはそれに気づき焦った。
そしてその焦りがフィーナの剣技をさらに鈍いものにさせた。
原因は俺が戦闘用のスキル、剣豪、剛力、瞬歩などを使うと同時に、洗脳スキル「忘我」を利用していたからである。
「忘我」はその人間がそれまで培ってきたものを忘れさせる能力だ。
発動条件が難しく、普通では使い物にならないが、何度も対話をし、触れ、木刀を打ち合うことで発動条件を満たし、徐々にフィーナに培った剣技を忘れさせていった。
10番目。
俺は少女の様におかしな握り方で竹刀を持ち、焦りの表情を浮かべるフィーナに対し、真正面から打ち込んだ。
フィーナは木刀を手放し、地面にへたり込んだ。
それを見ながら俺は言った。
「無様だな。」
「私が無様ですって。」
「そうだ。女としての役割を果たさず、男のまねごとをするくせにそれすらこんなにも弱い。恐らく、まわりから姫剣豪などと言われ、ちやほやされたせいで勘違いしてしまったのだろう。」
フィーナは悔しさから涙を浮かべて言った。
「そうね。勘違いしていたかもしれないわ。」
俺はフィーナに近づき言った。
「安心しろ。これからは俺が守ってやる。お前のすべてを俺にゆだねろ。俺に愛されることを自らの存在価値とするんだ。」
フィーナは言った。
「あなたは私を愛してくれるの?」
俺は優しい笑みを浮かべて言った。
「ああ。おれに尽くすのならな。誓いの証として今ここでキスをしろ」
フィーナは俺の言葉にうなずくとそっと口を俺に近づけた。
そして俺のほほを強くぶった。
なんだと。
洗脳が効いていないのか。
驚く俺に彼女は言った。
「初めてあなたに一発入れられたわね。今はこれが精いっぱいだけど。今日のところはあなたに抱かれてあげる。でもまたすぐに剣技を取り戻すわ。そしてお前を殺す。覚悟しなさい。」
洗脳というスキルには欠点がある。
それは心に全くのすきがないものには効果がないのだ。
つまり、フィーナは一方的に俺に敗れ、剣技を奪われていながらなお、一切心が折れていなかったのである。
「お前は駄目だな」
「どういう意味よ。あなたに何を言われようと私はあきらめないわよ」
「お前は何を目指してここまで鍛錬している?」
俺の言葉にフィーナは驚いた様子で言った。
「珍しいことを聞くのね。あなたが私のことを聞くなんて初めてじゃない?私は将軍になりたいの。誰かに守られるのは嫌。皆とともに戦って私の大好きなこの国を守りたいのよ」
「そうか。やはりだめだな。」
フィーナはいらだった様子で言った。
「だから何が駄目なのよ」
フィーナは綺麗すぎる。
俺なんかが近づいて汚してはならない。
彼女の崇高な理想は応援しなければならない。
危なかった。
俺に目的がなかったら、俺はきっと彼女に恋をしていただろう。
俺は自分が汚れている分、綺麗なものには弱いのだ。
俺はフィーナに言った。
「俺の負けだな。喜べ。婚約は解消だ。」
フィーナは驚いて言った。
「本当に?」
「ああ。剣技の方も熱心に練習すれば1月で戻るだろう。戻ったら俺のもとへ来い。もう一度忘れさせてやる。これを繰り返せばお前は今よりもずっと強くなるはずだ」
実際に、忘我というスキルは鍛錬に用いることも可能なスキルである。
それに俺に何度も剣技を捧げることによってスキル報恩により、剛力や剣豪などの戦闘スキルも付与することができる。
フィーナは俺の突然の変心に驚いた様子で唖然としていたが俺は気にせず話を続けた。
「俺はお前の夢を応援する。俺が魔王国を支配した暁にはお前を将軍にすると約束しよう。自由に戦場を駆け回ると良い。」
フィーナは俺をじっと見つめた。
「本当?急にどうしたのよ。もしかして私を試していたの?」
あまり理由を追求されたくない俺はごまかすように言った。
「まあそんなところだ。しかし食い下がるところを見ると本当は俺に抱かれたかったのか?」
フィーナは笑みを浮かべて言った。
「悔しいけど、ちょっとだけね」
俺は不覚にもフィーナの笑顔に少しだけドキッとしたのだった。
悪魔の手で異世界転生した俺は、妹のために戦争を起こそうと思う。 榊優 @01280218
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