ぷろろ~ぐ 後編

今から約9時間前

 1969年7月12日AM7:21、アメリカ合衆国バージニア州CIA本部。

 今日この日、バージニア州の空は青く澄み渡っている。

 CIA本部が位置するこの付近は7月ごろが一年間で最も気温が高くなる時期であり、平均気温は27.6℃を記録する。しかし、1960年代とはいえ、流石にCIA本部ともなれば施設内に冷房設備が整っており、施設で働く全職員は比較的快適に職務を全うできる……はずだった。

 そう言うのも、CIAの職員のごく一部は尋常でない量の汗をかいていた。さらにその汗とは暑さによって身体から噴き出たものではなく、羞恥や緊張、そしてから発せられる冷や汗だった。

 なぜ、一部の職員がそんなひどい目にあっているのか。そのことについては今から登場するこの男とともに知ろうではないか。

 CIA本部内に、右手で食パンを口に咥えて、男にしては長い金髪をゆらゆらと振りながら上司までの廊下を優雅に歩いている男が一人。

 彼の名はカーター。少し前まではグリーンベレーに所属していたが、カーターが現在進行形で会いに行っている男に直接スカウトされたことで、今年からCIAの準軍事部門SAD(特別行動部)に所属することとなった。そして、ちょっとした異能力を隠し持っている。本当にちょっとした。

 カーターは、朝から何の前触れもなく呼び出されたことに若干腹をたてていたが、CIA工作員としての初仕事をもらえるかもしれないと考えると心を弾ませてもいた。そして、そんな二つの感情を抱えた状態で上司が待っている部屋のドアの前にカーターはたどり着き、ドアを軽く二回たたくと、「失礼しま~っす」と言いながら(うまく発音できていないが)入室した。

 部屋の中では、白髪にベレー帽、そして右目に黒の眼帯をつけた初老の男が、椅子に重く腰掛け、机に両肘をたてた状態でカーターを待ち構えていた。

この男はエドワード・トンプソン。階級は大佐。1945年に第二次世界大戦が終結するまではOSS(CIAの前身)で工作員として枢軸国を撹乱させていたが、35歳になったことで第一線を退き、組織の強化や前線で活躍する工作員のサポートに専念し始めた。

「カーター、よく来てくれた。本当はすぐにでも本題に入りたいが、まずは君をいきなり呼びつけことを謝ろう。すまない」

 トンプソンは右手で食パンを口に咥えながら自分に近づくカーターに、両目を合わせて物腰柔らかい口調で言った。そして、カーターが食パンを食べ終わるのを待ってあげることにした。

 こんな状況、普通の上司と部下の関係ならば到底許されることではないが、トンプソンはカーターのそういう一面を知ったうえでスカウトしたため、カーターが自分の前で食パンを頬張ることを咎めない、そして自分の私室にパンくずを落とされていることにすらも。

 しかし、流石にいつも自由気ままに生きているカーターでもそんなトンプソンの優しさに負い目を感じたのか、急いで食パンを口の中にねじ込み、胃の中に無理矢理押し込むと口を開いた。

「そりゃちょっとはむかついたけど全然大丈夫だ、気にする必要はないさ。それよりも、初仕事だろ大佐。なら俺はどこに行くんだ? アイアンカーテンの先か? それとも中東か? はたまた中国か?」

「マダガスカルだ」

 トンプソンは、両手を広げながら何かを思い出すように喋るカーターにそう重く告げた。すると、カーターは自分の予想が外れたのがいささか気まずかったので、苦笑いをみせながら「ふ、ふ~ん」と何度も頷いた。

「正確に言うと、マダガスカル島から約20キロ南東に離れた孤島オンブル・デュ・モンド島だ」

 トンプソンは言った。そして今まで立てていた両肘を崩すと、少し深呼吸をしてから再び口を開いた。

「まあいい、経緯を話そう。7時間前、ホワイトハウスにある要求が突き付けられた。それは先ほど話に出たオンブル・デュ・モンド島かららしいのだが、内容はリバタリアと自称する謎の組織をオンブル・デュ・モンド島を統治する独立国家として承認し、国際連合への加盟を認めるというものだ。もしこの要求が72時間以内にのまれない場合、我が国の首都及び主要都市をディアプトラという超兵器で崩壊状態に追い込むとも通告している。そして、国際連合加盟国とコンタクトを取るとどうやら全ての国に同じ要求がきており、さらに、信憑性がやや欠ける情報ではあるがその他の国々でも似たような動きが起きているようだ」

 トンプソンはそこまで語ると、喋りながら無意識に落としていた視線を持ち上げ、カーターの反応を見た。

 すると、カーターは笑いながらも困惑した表情でトンプソンに言った。

「おいおい待ってくれよ、大佐。それは本気で言ってんのか? 意味の分からない謎の組織が突然他国の領土で『ここを俺たちの国として認めろ』なんて言い出したかと思えば、認めなかったら首都と主要都市をぶっ壊すって?それも世界各国に対して。少し考えてみてくれ、そんな芸当ができる奴らがいるわけないだろ。ただのいたずらだ!」

 カーターはトンプソンから初仕事の依頼が来るかと思っていたのに子供が考えたような滅茶苦茶な組織の話をされるとは予想もしていなかったので、一旦は直っていた機嫌をさっきよりも悪くした。

 これに対し、トンプソンは(やれやれ、君もそういう反応を取ると思っていたよ、カーター)と心の中で呟きながら椅子を後ろに引き、おもむろに立ち上がって両腕を後ろで組むと言った。

「カーター、私だって初めてこの話をCIA長官から直接聞いた時は君と同じ反応を示した。だが話を最後まで聞いたらそうは言えなくなってな」

「ようは人の話を最後まで聞けと?」

「まあ、そういうことになる」

 カーターはトンプソンのその言葉を聞くと、息を吸いながら目を閉じ、息を吐くとともに目を開け、「それで?」と一言だけ声のトーンを落として言った。

「そもそもリバタリアという組織自体について我が国は何年も前から認識していたらしい、そしてその認識とは古代アトランティスの技術を持つぶりょくそs」

「はぁっ?!」

 アトランティスだって?、とカーターは思った。カーターにとってアトランティスとは、本当に存在してはいないもののフィクションの産物としては中々おもしろい話だというものだった。それ故、トンプソンの言葉の意味がまるで分からなかった。

 しかし、トンプソンはそんなカーターの反応を置いて話を続けた。

「嘘のような話に聞こえるだろう、カーター。だがな、このリバタリアについての話はセキュリティーレベル3に該当している。なので、本来ならば君はおろか私にすらリバタリアの存在を知らされるはずはなかったんだ」

「はぁっ?!」

 カーターはアトランティスという単語を聞いた時と同様の叫びをあげた。しかし、先ほどとは理由はかなり変わっている。

 まずセキュリティーレベルとは、ISOO(アメリカ合衆国情報安全保障監督局)が規定する合衆国の機密情報のレベルであり、セキュリティーレベル3ともなれば一般公開されれば国家安全に絶大な損害を与える程のレベルで、これは合衆国の最高機密にも当たる。

 なので、カーターは自分の国が本気で超古代文明アトランティスの存在を信じており、さらにはその技術を持つ武力組織の存在までも認めているということを理解したのだ。つまり、二度目の叫び声はそれ故なのだ。

 カーターはとんでもない情報がいきなり自分の頭に飛び込んできたため、一種の混乱状態に陥ってしまい、額に右手を押し付け、トンプソンを制止するように左手を伸ばした。

 するとトンプソンは喉まで出かかっていた話を吞み込み、カーターが己の考えをまとめれるまで待った。そして数十秒ほど経つと、ある程度今までのトンプソンが話してきたことを理解したようで、ある質問を繰り出した。

「OKOK、なるほどな。伝説……のはずだった古代文明アトランティスの技術なんて俺達にとっては未知数だから、世界各国の首都や主要都市をぶっ壊すことができるかもしれないとお偉方は判断しているわけだな。現実味は湧かないがまあいい。で、俺に何をしろと?」

「ふむ、よく聞いてくれた」

 トンプソンは顎をさすりながら言った。トンプソンがさっき喉まで出かかっていた話とはそのことだ。

「君に依頼する任務は二つ。まず絶対に達成しなければならないのは、彼らが言う超兵器ディアプトラの都市破壊能力の有無を調査し、事実であればそれを阻止することだ。そして次に可能であればリバタリアの指揮能力を無効化することだ」

「指揮能力の無効化?どうやって?」

「先程、私に開示された資料によると、リバタリアは国として機能するための労働力を……いわゆる、そのなんだ、人造人間で補っているようで、その人造人間に命令を下しているリバタリアの頭脳部分はたった五人の人間で構成されている。つまり、その五人を無力化または排除できればリバタリアは機能しなくなるというわけだ」

 トンプソンは、彼がCIA長官に告げられことをほぼそのままカーターに話しているだけなので、人造人間という耳慣れない単語をだしたおかげでカーターがまた驚きの声を上げるかもしれないと思ったが、そうはならなかった。しかし、カーターは別のことに難色を示した。

「そんなもの国でもなんでもないじゃないか」とカーターは言った。

 国とは領土・国民・主権の三つで構成されているが、リバタリアの領土はマダガスカル共和国のものだし、リバタリアの国民のほとんどは人間ではないし、リバタリアの主権はたった五人の人間にしかない。だから、カーターにはとてもじゃないがリバタリアを国とは思えなかった。そして、もちろんこれはトンプソン、CIA長官、合衆国政府、世界各国の共通認識だ。

「当たり前だ、カーター。リバタリアはただの危険な武装集団に過ぎない。だからこそ、こうして君に任務の依頼が来ているんだ」

 トンプソンはそうはっきりと言い、その言葉にしきりに頷くカーターの顔を改めて覗くと、カーターは先程までとは打って変わって既に戦士の顔をしていた。それはトンプソンがかつてノルマンディーで見た兵士たちの顔と酷似している。

 トンプソンはカーターをスカウトして良かったと感じた。

「なお私は君の無線サポートに抜擢されたのだが現地では君のことはCreed(クリード)と呼ぶ。これは君のコードネームだ。ちなみに私が考えたんだぞ」

「ク、クリードか、了解。なら、大佐のことはなんて呼べば?」

 カーターはどうせコードネーム付けるのならば、もっとかっこよくて聞き馴染みのないものにしてほしかったが、トンプソンのネーミングセンスにケチをつけるはやめておくことにした。

「私のことは、『トンプソン』や君が日頃から私に使っている『大佐』で一向に構わない。その二つは既にコードネームに近いからな」

 トンプソンがこういったのは、『大佐』は固有名詞ではないし、アメリカ軍のサブマシンガンの種類の中にまさに『トンプソン』という名称のものがあるからだ。

「了解、大佐。じゃあ、一緒に世界を救うヒーローになりにいこう」

 カーターは白い歯をトンプソンに見せながら、親指を立てて言った。

 トンプソンはそれに対し、親指を立てることで返事をした。そして、お互いがほぼ同時に腕を下げた。

 その時、カーターはふと一つの疑問が頭に浮かんだ。

「そう言えば、なぜ俺が選ばれたんだ?」

 この質問はトンプソンの予想にはないものだった。しかし、トンプソンはすぐにその答えを作り出した。

「今回の事態はリバタリアを刺激しないためにもなるべく隠密に遂行しなければならない。それも早急にだ。なので相当に優秀な人材が必要なんだが、どこに任せるかという話は合衆国政府が連絡を取り終えた国のすべてがそれを拒否してな。恐らく責任を負いたくないのだろう。それで合衆国政府は困惑に落ちいったんだが、そんな中CIA大統領に『二人の工作員に別々の任務を与えてこの騒動を解決する』と提言し、なんとその案が採用されたんだ。そして、その内の一人が君だったというわけだ」

「なるほど、俺はCIA長官からの信頼が厚いわけだ」

 カーターはそう言うと自分の能力がしっかりと評価されていることに喜びを感じ、またトンプソンは改めてカーターをスカウトして良かったと感じた。




<以上が任務の概要だ>

 嵐の中クリードがゴムボートの荷物を装備している間に、トンプソンが今回の任務についてもう一度説明した。

<クリード、任務について何か気になることはあるか?>

 トンプソンは念のために最終確認としてそう聞いた。

「いや特に。けどよ、敵の本拠地に来たっていうのにアトランティスの技術を持ってるなんてまだ実感が湧かないな」

 クリードがぶっきらぼうに言った。

<私だってそうだ。しかし敵がそこにいるという事実は間違いない、それだけには注意しろ>

「了解、大佐」

 そう言うとクリードは腰についているホルスターから拳銃を抜き取り、ゆっくりと中腰になりながら正面に向かって両手で拳銃を構え、言った。

「それではこれより、滅びた楽園の遺物に潜入する」

 するとクリードを歓迎するかのように再び龍の咆哮のような雷鳴が天空で轟いた。

 そう、生と死が交差する世界がこの島で展開され始めたのである。

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