第一話 愉快な仲間達

<では、クリード。手始めに、そこから10時の方向に進んでくれ>

 トンプソンが手元の資料に目を移しながら言った。

「分かった、だがリバタリアの敷地……って言っていいのかはわかんねえけど、そこまではどれくらいかかるんだ?」

 クリードのその問いに、トンプソンは少し間を開けて答えた。

<ふむ、すまないが、そこまでのことは資料に載せてくれてないようだ>

「本当か、それは困ったな。……もしかしたら、リバタリアに侵入すらできずに毒蛇に殺されちまうかもな」とクリードが笑いながら言った。

<『死へ誘う者』ほどの生命力であれば、毒蛇でも丸焼きにして美味しく食べそうだがな>

 クリードの冗談めいた言葉にトンプソンはそれ相応の態度で返した。

 クリードはトンプソンに支持された方向に向かうために、背の高い木に覆われ、膝位の高さの雑草が繁茂するジャングルに慎重に潜り込んでいった。

 視界が悪い上、泥沼でとても歩きづらいこのジャングルは、何が潜んでいるかわからない点で一種の恐怖を覚えそうだ。しかし、クリードにとってこういったところは既に慣れている環境だった。

 そういうのも、少し前までグリーンベレーに所属していたクリードは長い間ベトナムの密林にいた。クリードはそこでベトコン(南ベトナム解放民族戦線)のゲリラ兵と死闘を数え切れないほど演じており、ゲリラ兵から『死へ誘う者』と恐れられていた。だから、クリードにしてみればこのジャングルは快適ではないものの、特に不満はなかった……というのは流石に嘘である。

 確かに、クリードはベトナムで資本主義陣営から英雄として称えられ、議会名誉勲章(アメリカ軍の最高位の勲章)を受賞している。しかし、それほどまでの男でもベトナム戦争という環境は恐怖でしかなかった。

 その中で、クリードは、自分達に正義があるかないかは考えず、ただただ国への献身のためにゲリラ兵、ブービートラップ、伝染病、化学兵器、米国内での反戦運動と無我夢中で闘い、生き延びた。

 クリードがトンプソンのスカウトを受諾したのはそんな状況から離れたかったというのが大きく関わっている。だが無事にCIA職員に転身できたのにも関わらず、以前いたベトナムの密林地帯の雰囲気と瓜二つの場所に送り込まれるなど、クリードにとっては不幸以外の何者でもないだろうし、クリード自身もそれを心の底で恐怖という感情で感じている、決して表には出さないが。

 程なくしてトンプソンから無線が飛んできた。

<ところでだ、クリード>

「……あ、ああ、大佐か、なんだ?」

 ベトナムのこと思い出していたクリードは、トンプソンの呼び掛けにやや遅れて反応した。

<君の首元の左側に、あるダイヤルが付いているのだが、それについて説明しよう>

 クリードはトンプソンに言われた箇所を右手で触り、その存在を確かめると、「続けてくれ」と言った。

<実は本任務を遂行するにあたって急遽選ばれた無線サポートは私を含めて3人のチームで構成されているんだ>

「ほう! そうなのか!」

 クリードの声の調子が上がった。

<うむ。そして、君も先程まで乗船していたからわかると思うが、私達はヘンリー・エイヴリー号から君をサポートしている>

「あぁ、あの馬鹿に快適で、未来的に速い船か」

 クリードがそう茶化して言うヘンリー・エイヴリー号とは、アメリカ海軍にイギリス海軍が安く売り下げたカウンティ級駆逐艦を改造したものであり、クリードらはそれに乗って洋上を渡ってきた(なおクリードだけは途中でゴムボートに乗り換えなければならなかったが)。

<ここでそのダイヤルの出番なのだが、それを回して周波数を140.67に合わせると私に無線がつながる>

「大佐の周波数は140.67か」

 クリードは自分に向かって言った。

<次に、周波数を140.48に合わせると、アトランティスやリバタリアの事情に造詣が深く、マダガスカルの環境にも一定程度の知識を持つ考古学者に無線がつながる>

 トンプソンは自分の左横にいる、中々の肥満体型でちょび髭を生やした男に目を移しながら言った。

「ほぉう、考古学者か。で、名前は性格については?」

クリードはぴたりと歩みを止め、首をかしげながら聞いた。

<ふむ……それはまぁ、無線をかけてからのお楽しみということにしておこう>

 トンプソンは口元を緩ませ、秘密基地を見つけた少年のような目で言った。クリードは確かにそちらのほうが面白いなと思い、トンプソンの余興に乗る。

「OKOK、それで最後は?」

<140.25だ。こちらはカリフォルニア工科大学の現役大学生だが既にARPA(高等研究計画局)に一目置かれている軍事工学のスペシャリストだ。リバタリアに未知なる技術があるということだから呼び寄せたのだよ>

 トンプソンは自分の右横にいる、小柄で端正な容姿を持った少年とも青年とも言えない男に目を移しながら言った。

「待ってくれ、もしかしてカリフォルニアから来たのか?それはいくらなんでも遠すぎるぞ」

<いや、大学に確認を取ったところ、不登校らしい>

 クリードはそう言われると、胸をはっと突かれた。そして自分でもよく分からない気まずさを感じ、本人の前ではその話題を絶対にふらないと心に決めた。しかしトンプソンはそんなクリードの気持ちを察したようで<余談だが、私と君の会話は二人とも聞いているぞ>といたずらに言った。

「っ……、まぁいい、とりあえず考古学者の方に無線をつなぐ。じゃあな!」とクリードは投げやりに言い、気まずさを噛み砕きながらダイヤルを合わせ始めた。

 ダイヤルが合うと、コール音らしきものがクリードに耳で鳴り響いき、次の瞬間、さらに大きい音がクリードの耳に電撃作戦を仕掛けてきた。

<わはははははははっ、会話が聞かれてないと思ってたのか?カーター>

「そ、その声は⁈」

 クリードはほぼ反射的に言った。そう、クリードはこの豪快に笑う男の正体を知っているのである。

<そうだ、俺だよ俺。久しぶりだなカーター!>

「おいおい、久しぶりだなぁ!オs」とまでクリードは言いかけると、コードネームという仕組みを思い出したために口をつぐみ、「おっとっと、危ないな。で、お前のコードネームは?」と言った。

<そうだそうだ、コードネームを使うんだったな。俺んのはワイアット(仏の古語で小さき戦士)だ>

 小さき戦士というコードネームにそぐわない体を持ったこの男ワイアットは、クリードがカトリック系の孤児院にいたころクリードが兄かつ親友のように慕っていた男だ。2人の仲の良さは孤児院でも群を抜いており、「あの兄弟」と言うと、大抵はクリードとワイアットのことを指していた。さらに、彼らは、お互いの理由は異なれど二人そろっていじめられていた。

 そんなこともあって2人の絆はダイアモンドと同等もしくはそれ以上だったが、クリードが軍人としてのキャリアを積み始めると互いに連絡を取ることがままならなくなっていった。

「ワイアットなんてお前に合わねえが……まぁ、俺のよりはいいな。それにしても、俺の無線サポートがお前だなんていい意味でも悪い意味でも夢みたいだ」

 そう言うクリードの声は明らかに興奮していたが、戦場にいるという緊張感にそれは自然と隠されていった。

<カーターがピンチなら俺はどこまでも行ってやらあ。大体、ガキの頃にいつもいじめられてたお前を助けたのは誰だ? このワイアット様だろう!>

 声高らかに言うワイアットに対し、クリードは宙に待ったをかけながら反論する。

「待て、嘘はよくねぇぞ。2人でいじめられてたんだろう。それに、俺のコードネームはクリードだ。ブリーフィングで聞かなかったのか?」

<ちゃんと聞いてたぜ、ただ久しぶりにお前と話せたもんでな。まっ、リバタリアやアトランティスの歴史、そこらへんの環境について知りたいことがあったら、俺に無線をつなげてくれ>

 ワイアットは自信満々といった風に言ったが、昔からワイアットを知っているクリードには大言壮語しているようにしか見えなかった。なので、クリードは口の中に笑いを忍ばせながら質問する。

「本当に大丈夫か?この無線でお前の学校の成績をばらしてもいいんだぞ」

 これにワイアットは笑いを隠すことなく答える。

<わはははっ、学校で世界の救い方を教えてくれたか?つまりはそういうことだよ。じゃあな、クリードさん>とワイアットは無理矢理話を終わらせた。

 一方クリードは自分の質問がうまくかわされたため、もう一度聞き直そうと思ったが、ワイアットの<じゃあな、クリードさん>に「早く例の大学生と無線をつなげよ」という意味合いを感じたので、後頭部を拳銃のマガジンでかきながら、ダイヤルを140.25に合わせ、コール音がクリードの耳で鳴り響く。

<……>

 しかし、クリードの耳には地面や木の葉にふりつける雨しか入ってこない。

 クリードは焦った。大佐め、なにも不登校なんていう直接的な言葉を使うことはなかったじゃないかと心の中でつぶやき、どうしようかとクリードは思慮をめぐらした。そして様々なことを考えたが、結局自分からアクションを取ろうということに行き着いた。

「よ、よう、俺はクr」たどたどしくクリードがそこまで言いかけると、それはヘンリー・エイヴリー号からさえぎられた。

<僕の暗号名コードネームはアルネ、アルネ・サックンヌセムだ>

 その瞬間、トンプソンは眉間にしわを寄せ、ワイアットは思わず吹き出した。しかし、アルネはうつろな目で心ここにあらずという雰囲気を醸し出していた。

「お、おう。そうか……」

 突然のことに驚いたクリードは鳩が豆鉄砲を食ったようになったが、そこにアルネは追撃した。

<いいか、お前はただ明確に現場の状況を僕に伝えるだけでいい。それと僕の命令には必ず従え。以上だ、アウト>

 アルネはそう言うと、腕を組み、椅子にもたれかかった。

 ワイアットとトンプソンにしか分からないが、アルネの見た目は銀髪に紅い眼、そして少女と見まがうような容姿を持っている。いわゆる美少年だ。なので到底こんなきつい口調で喋るようには見えないので、ワイアットにはそのギャップが面白くてたまらないのだろう。

「待ってくれ、アルネは俺の無線サポートだろう?俺に質問くらいさせてくれよ」

 かろうじて頭の中を整理できたクリードには、アルネに色々と言いたいこともといツッコミたいことが瞬く間にできた。しかし、取り敢えずはこう言った。

<・・・・・・>

 だが、その対応は沈黙という冷遇であった。そんなアルネにクリードは「そうかい、わかったよ。まっ、よろしくな」と声のトーンを落として言った。しかし、この時アルネが息かどうかも区別がつかないほどの小さな声で「よろしくっ」と言ったことは誰も知らない。

 そしてクリードは先の展望を憂いながらトンプソンに無線をつないだ。

「大佐ぁ……」

 そうため息交じりに言うクリードの気持ちとトンプソンの気持ちは瓜二つだ。なのでトンプソンにはクリードの声の背景にある思いがひしひしと伝わってくる。

<クリード、君の言いたいことはよく分かる。だがしかし、アルネ君の幼い見た目から推測するにきっと人見知りなのだろう。こう考えるとs>

<トンプソン、今度余計なことを言うと口を縫い合わすぞ>

 トンプソンとクリードの会話に、冷たく突き刺さる声でアルネが割り込んできた。そして、アルネはそう一言言うとうつむいた。ちなみに、その裏ではワイアットがゲラ声で豪快に笑っている。

「大佐、俺とあんたの会話は二人とも聞いてるぞ」

 クリードはトンプソンにさっきの応酬だと言わんばかりの表情と声で言った。

 それにトンプソンは五臓六腑にむず痒さを感じながら<……任務を続行するんだ、クリード>と呟いた。

「了解だ」とクリードは言い、再び歩武を進め始めた。

 地底の中に未知なる世界を求めて探検に行ったアクセルにもリーデンブロック教授やハンスといった変人が仲間にいたが、クリードの仲間もそれに負けず劣らずだろう。ところで彼らは果たして世界を救えるのだろうか、これに関しては甚だ疑問である。

 一方でオンブル・デュ・モンド島もといリバタリア北西部では、野戦風ステルススーツに身を包んだ可憐な女が一人。茶髪のポニーテールに翠眼の彼女の姿はおおよそ戦場には似つかわしくない。ましてや今の時代、女がこんな最前線で戦うなどとても稀有であるのに、これは奇跡といっても差し支えない。

「あぁ、もう最悪! ラングレー(CIAの隠語)はあんなに晴れてたのにどうしてここは豪雨なのよ!」

 彼女は髪をかき上げながらそう言った。

<安心しろ、そこは天候が変わりやすい。時期晴れるだろう>

 彼女にトンプソンほどしわがれつつも獅子のような逞しさを持った声でそう告げたのは、現CIA長官のアーサーだった。

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