25

「ニュークの意見に賛同します。フルスクリーン・モード起動」

「グゥちゃんの裏切り者おぉぉぉっ!」


 グガワの伝令の途中で、リーディーの叫びがヘッドホンの中に響く。リーディーの叫び声の音量は良い感じにしぼられていて、グガワの落ち着いた伝令もしっかりと聞き取ることができた。

 リーディーの叫び声がヘッドホンの中で反響する中、突然、機内の壁が消えた。周囲一面が灰色になる。否、機内の壁すべてがディスプレイになっているようだ。そのディスプレイが、外の様子をそのまま映し出し、まるで機内の壁が消えたように見えている。今は雲の中。灰色しか見えない。


 僕が今どちらを向いて進んでいるのかさえよく分からない。ただ、これまで感じたことのない加速感がずっと続いていて、自分が物凄いスピードで飛んでいることだけは分か——


 突然の青


 一面の青


 音もなく


 青空に


 落ち


 て


 …


 逆だ。急上昇していたんだ。視界の隅にオレンジ色のカル。赤くない。まだ夕陽じゃない。雲は一切見えない。真上を向いているのか。

 そんなことを一瞬考えているあいだに、加速感はみるみる無くなっていった。ジェット・エンジンが停止しているようだ。振動が感じられない。

 加速感が無くなった。

 同時に、一瞬の浮遊感。

 そのまま逆向きに加速——

 違う、今度こそ落ちている。

 オレンジ色のカルがぐるりと回って視界から無くなった。代わりに、真っ白な海のような雲が視界を占める。


 静寂の中、雲海に落ちていく。


 現実感がない。

 夢心地とはよく言ったものだ。

 生きていることを本当に実感しているとき、『そこ』に現実は現れない。


 リーディーの柔らかい体温で現実を思い出した。

 そう、僕は今、落ちている。


「リー! ディー! お! ち! て! る!」

「ばかニュークあほニューク帰ってきたら1発ぶん殴る」


 僕の言葉には全く取り合わず、早口言葉のように、ニューク1発ぶん殴る宣言をしたリーディー。これまでの発言を振り返ると、どうやら、リーディーの意に沿わない状況をニュークが率先して作り上げているようだけれど、シルフもアルコルフもグガワもニュークも誰も異議を唱えないということは、問題は発生していないのだろう。強いて言うなら、ニュークのこのクレイジーな『操作』が一番大きな問題だ。リーディーが激怒して、僕が現実を忘れてしまうほどの大きな問題。


 そんな大きな問題も今は忘れて、僕は叫びながら雲海へ落ちていく。


 現実を思い出すのは、夕陽を見たあとでも、きっと遅くないさ。

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