エピローグ
見渡す限りの赤色に包まれながら、真正面に浮かんでいる夕陽を眺めていると、目の前にブルーベリー・レアチーズタルトが現れた。もちろん、超常現象が起きたのではなくて、シルフが僕の前のテーブルに置いただけだ。真っ白い質素なお皿の上に、瑞々しい果実がゴロゴロ入っている青紫色のブルーベリー・ソースがたっぷりかけられたレアチーズタルトが乗っている。食欲が弱い僕にしては珍しく、このタルトだけは何度食べても飽きない。僕の大好物であり、今日は誕生日ケーキでもある。
「冷凍してあったの?」
シルフに質問した。先程の凄まじい揺れに耐えうる剛性を備えていないことは明らかなタルトだからだ。
質問されたシルフは、紅茶のような飲み物をティー・カップに注いでいるところだった。僕の質問に答えずに、そのまま作業を終わらせて、タルトの横にソーサーとティー・カップを静かに置くシルフ。
シルフが僕の質問に答えてくれないのは初めてかもしれない。先程の一件で、シルフの体に何かトラブルが発生している可能性を一瞬考えたけれど、それにしては、リーディーもアルコルフもグガワも、何も喋らない。
とりあえず、シルフが置いてくれたティー・カップを取って口元に運び、匂いを確かめる。花のような芳しい香り。そのままブラウンの液体を口に含む。強めの渋み。いつも飲んでいるフレーバー・ティーとは違うけれど、紅茶であることに間違いはなさそうだ。
「セイロンティー」
シルフが言った。
僕の質問を先読みして答えるなんて、まるでニュークみたい——
いや……もしかして……。
「……えっと、シルフ、この飲み物は?」
「セイロンティー」
「タルトは冷凍してあったの?」
「セイロンティー」
まるで壊れたオモチャのように同じ言葉を繰り返すシルフ。表情のなさも相まって、笑いが込み上げてくる。
「……それは、誤用だよ」
「セイロンティー」
そこで吹き出した。
「リーディー、シルフがバグっちゃった」
「よし、じゃあ、これもニュークのせいにして、ぶん殴るのを2発に増やそう」
リーディーが満面の笑みで応えながら、勝利のVサインを僕に向けてきたので、リーディーと2人で大笑いした。
久しぶりのニュークとの交流で、僕も、リーディーも、シルフも、気分がハイになっているのかもしれない。アルコルフは、パーツを付け直してすっかり元のアルコルフになったあと、ずっと夕陽を眺めながら仁王立ちしている。あれも一種の『ハイ』かもしれない。僕が夕陽を見る際に、そこはかとなく邪魔なので、もう少し遠慮してもらいたいところだけれど、今回の一件でお世話になっているので、気の済むまで楽しんでもらうことにしよう。つまり、放置だ。
ニュークは、僕らを助けたあと、すぐさま自分の『冒険』に戻ってしまった。当初の計画どおり、亜光速を超えるための研究を続けているらしい。いつオルブに戻るのか訊いたら、「そろそろ戻ろうかな、気になることもあるし」という返事だった。ニュークの『そろそろ』は、一般相対性理論における時間のように伸び縮みするのであまり信用できないけれど、それでもやっぱり嬉しい。
「——そいえば、ニュークの気になることって、なんだと思う?」
リーディーとの大笑いが一段落したところで質問してみた。
「なんだろうねー……あいつの気になることはろくでもないことが多いから」
リーディーがおどけた表情で答える。
「今回のトラブル関係かな?」
「かもね」
「原因は分かってないの?」
「トラブル起こした原因は全部特定済みで、修正も済んでるよ、安心して」
優しいリーディーの微笑みと、鮮烈な深紅の夕陽に、甘酸っぱいブルーベリー・レアチーズタルト。
ここに来ることができて、本当に良かった。
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