page.18 歩み寄り


「どうだ? ほら。こちらの方がいいか?」


 観察に観察を重ね、この仔猫キトゥンの好みは把握している。ドライフードならば緑よりも赤。缶詰ならばツナまぐろよりもスキップジャックかつお。だが、私の差し出したキャットフードはことごとく無視された。


「なぜだ……」


 キトゥンは、私が与えた食べ物を決して食べない。毎日食事はエヴェリンやアルバートから与えられたものを食べているのだ。私の数少ない使命であるというのに。


「ええい、こうなったら」


 私は手を伸ばす。見るやキトゥンは撃ち出された弾丸のように駆け出す。だが、お前の動きはもう見切ったぞ。私はマニピュレータを広げ、すくい上げるように白い塊を捕まえた。


 濁音混じりの憎たらしい鳴き声をあげながらキトゥンは身をよじり、手足をバタつかせる。無駄だ。離さんぞ。私はキトゥンを小脇に抱える。


 私はボウルに手を突っ込み、カリカリしたドライフードの中から赤い粒を一粒摘まむ。キトゥンの口へ近づける。しかし、嫌々と顔を左右に揺らすキトゥンは一向に口を開かない。


「そんなに乱暴にしてはだめだよ」


 いつの間にかダイニング・ルームの入口に立っていたのは、アルバートだ。痛いところを見られたような気がする。しかし、私は私の使命に向き合っているに過ぎない。


「いつまでも、キトゥンの食事を貴方たちに頼るわけにはいかない」


「だとして、そのやり方はまずいだろう?」


 私は、キトゥンを床に置いた。すぐにキトゥンはアルバートの腕の中へと飛び込む。なんと露骨な……。私がオンライン・データベースに接続さえできれば、お前を篭絡ろうらくするあらゆる知識をダウンロードしてやるというのに。


「その猫はなぜ、私の手から食事をしないんだ。教えてくれ、アルバート」


 アルバートは苦笑交じりに答える。


「さぁ、なぜだろうね。君のことが、まだ信頼できないんじゃないかな?」


 アルバートがテーブルのボウルから、ドライフードをキトゥンの口元へ運ぶ。いくつかまとめて運ばれたカリカリの中には、赤と緑の粒が混ざっている。キトゥンは赤いものを選んで口にした後、残った緑の粒まで平らげた。くそう。


「信頼? 人形アンドロイドの私は、貴方やエヴェリンよりも信頼性ディペンダビリティにおいては勝っていると思うが……」


 私がキトゥンを抱いたとして、不安定さを感じさせたり、取り落とすことはまずないだろうに。食事の好みだって今までのパターンから完璧に把握した。いずれ私は、このキトゥンのスペシャリストになるはずだ。


信頼性ディペンダビリティか……表現が悪かったな。僕の言った信頼というのはそうではなくて……安心感みたいなもののことだよ。相手が自分を大切にしてくれる、愛でてくれる。そう思える確信のこと。そういう安心感に、動物というのは敏感なのさ。ときに最新鋭の人形アンドロイドよりもね」


「安心感……」


 私は、自分のマニピュレータをメイン・カメラに映す。金属とゴムのこれでは、彼女に安心感を与えることは難しいのだろうか。原動力ハートの中の半導体シリコンからは、安心感というものは生み出せないように思えた。


「それは人形アンドロイドから仔猫へ、与えられるものだろうか」


「ああ。できるさ。そのためにはまず、君がこのキトゥンに何かをしたいと思うことから始めよう」


「私は今まさに、食事をさせたいと思っていたんだが……」


「それは、どうして?」


「私に仔猫の面倒を見るようにと、使命を下したのは貴方たちだろう」


「君はまだ、勉強することが多いな」


 アルバートは愉快そうに笑ながら、今度はツナまぐろの缶詰の中身を指で摘まみ上げてキトゥンに与えた。キトゥンは目を細めて、それを綺麗に舐め上げた。お前の好みはスキップジャックかつおだろうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る