page.16 プレゼント


 ダイニング・テーブルに腰かけ、ひたすらに問いを繰り返している。外から、アルバートのガソリン車が停止する音が聴こえる。


 玄関が開き、たくさんの荷物を抱えたアルバートとエヴェリンが帰宅した。


 エヴェリンが照明を点ける。

 そうか。もう夕方か。気がつかなかった。


「ただいま、ハルジオン」

「庭が途中だったよ。どうしたんだい?」


 アルバートのいに、答えなければ。しかし、私の発声器は答えではなく問いを返した。


「貴方たちは何故、私をこの家に呼んだのだ」


 二人は少し驚いた顔をしてこちらを見ると、荷物を床に置いてテーブルについた。エヴェリンは、ふたつきのかごをひとつだけ抱いていた。


「どうして、そんなことが気になったんだい?」

「今、人形アンドロイドを所有することがどれだけ反感を買うか。わからないではないだろう」

「それは世間の雰囲気ムードの話だろう?」

「だが、実際に貴方たちには非難の目が向けられている。街でも、この村でも」


 違う、非難の目を向けられているのは私だ。


「関係ない。私たちは私たちのルールで生きているのさ」


 強い目で、アルバートが私を見る。

 続けてゆっくりと、エヴェリンが言う。


「私は目も、耳も、よく利かないわ。だからその、『ひなんのめ』というのも、わからないの。だけどね――」


 テーブルの上で、私のマニピュレータにエヴェリンの手が重ねられる。


「あなたをここへ迎えられた喜びは感じるわ」


 温感センサーによると、エヴェリンの手は外気よりも少しだけ、あたたかいようだった。


 しかし私の金属とゴムのマニピュレータは、きっとエヴェリンには冷たく感じるだろう。


「……喜び。何故だ? 私は貴女に、何もできない。私は、家事人形ハウス・アンドロイドとしての使命を放棄した。それ以前に、貴方たちは私に何も求めない。私は命令されるためにいるのに……! むしろ、与えられてばかりいる。部屋を、ベッドを、席を、食事を、習慣を。何故、私に居場所をつくるのだ」



「命令は、家族にすることじゃない。私たちは、君を家族だと思っているんだ」

「馬鹿な……。人形アンドロイドを家族として扱うなんて。私たちは消耗品だ。替えの利く、工業製品のひとつに過ぎない」

「私たちにとって、あなたはたった一人だけの恩人なのよ。たとえ、あなたと同じようにつくられた人形アンドロイドがたくさんいてもね」

「……恩人?」

「あの日、私たちを助けてくれたのは君じゃないか。騎士隊ナイト・フリートの、ハルジオン」


 瞬時に、私はデータ照合を行う。

 あの日、私がジークと共にトラックから救った、老夫婦。

 それが、アルバート・ハミルトンとエヴェリン・ハミルトン。


「そう、だったのか」

「胸を張ってくれ、ハルジオン。私たちに何かを与えたいと言うのなら、君はすでに生命いのちを救ってくれた。今ここにある全てが、君の与えてくれたものなんだ」

「アルバートが、あなたを見つけてくれたのよ」

「エヴェリンがどうしても君にお礼が言いたいと、私を急かしたのさ。あの日からずっと、毎日ね。昔の知り合いを頼って、君が行き場を失っていることを知ったんだ」

「伝えるのが、遅くなってしまったことを謝らせてね。ハルジオン。わたしたちを助けてくれて、ありがとう」

「そう、だったのか。それは、その」


 ジーク。ジークフリート。私はあの日の選択に、少しだけ誇りを持ってしまうかもしれない。ゆるしてくれるだろうか。


「どういたしまして」


 きっと、私の相棒も誇らしく思うはず。

 私たちは、小さな大義を果たせていたんだ。


 原動機ハートが余剰エネルギーを生成し、淡く発光する。騎士隊ナイト・フリートのことを思い出したからだろうか?


 私は、エヴェリンに握られていない方の手首をくるくると回してエネルギーを消費した。なに、機嫌が良いわけではない。


 それを見たアルバートが、笑っている。勘違いするな、機嫌が良いわけでは、ないぞ。


「とはいえ、このハミルトンの家で君の仕事が少ないのは確かだな。自分のことは自分で。それがこの家のルールで、変えるつもりはない」

「だからね、今から、この家であなたの、あなただけのお仕事をお願いするわ」

「私だけの、仕事」


 それは、使命だ。

 アルバートとエヴェリン。貴方たちのためなら、私はどんな使命でも果たして見せる。


「この子の、お世話をよろしくね」


 エヴェリンが膝にのせていた篭を開く。


 白い体毛に包まれた、琥珀こはく色の瞳。小さくほそい、体躯たいくのそれは。


「……仔猫?」


 

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