page.13 ハミルトン家


 私は今、暖炉の前でソファーに座っていた。暖炉の火は部屋を淡くオレンジ色に染め、ベルベットのソファは私のボディを柔らかく支えている。拘束具は紳士がすぐに外してくれたため、圧迫感はだいぶ減った。外した拘束具を、すぐにトラッシュ・ボックスに捨てていたのには、少し驚いたが。


 ご婦人が、私の真紅のマントに触れて言った。


「あなたは赤がよく似合うわね」


 それについては、否定しない。この真紅のマントとは長らく共に戦ってきた。これのおかげで、大都市の暴徒たちの降伏こうふくがスムーズになる。


「この羽飾りも素敵だわ」


 ……。どうやら、このご婦人には威光いこうとはまったく別の印象を与えているようだが。


 ご婦人が私の周りをそわそわと動いている間、後ろのダイニングテーブルでは紳士が私の操作説明書マニュアルを閲覧してくれていた。彼はどうやら、かなり頼れる。


「うん、だいたいわかったぞ」


 そう言うと、紳士は私の前で膝をつく。慎重な手つきで、私の原動力ハートを抜き出す。


「だいじょうぶ?」

「ああ。あの説明書によると、これでいい。けれど、すこし緊張はするね」

 

 そう言って、ご婦人に笑みを向ける紳士。

 彼は原動力ハートの裏側にある自律行動スイッチをオンにして、ゆっくり、ゆっくり私の胸に埋め込んだ。


「さぁ、どうだ?」


 私の原動力ハートが、淡く輝く。


「きれい」


 私は、ソファから立ち上がる。久しぶりの自律稼働だ。関節が、すこし軋むな。


「話せるかい?」


 発声器にセルフ・エラー・チェックを走らせる。うむ。問題ない。


「ああ、話せる」

「素敵な声。きっとお歌もじょうずね」

「私のハニーは、君にぞっこんなんだよ。妬けるなぁ、まったく」


 そうは言っているが、紳士は満面の笑みを浮かべている。


「さて、自己紹介をしないとな。私の名前はアルバート。アルバート・ハミルトンだ。こちらは私の妻」

「エヴェリン・ハミルトンよ。あなたのお名前は?」

「私の名前は――」


 名乗ろうとして、私は思い出す。騎士隊ナイト・フリートを。エクスカリバー。ミトラィユーズ。そして、ジークフリート。皆、私の名前を馬鹿にしていた。だが、ともに大義を果たしてきた大切な仲間だった。


 この屋敷で。この老夫婦のもとで。私はジークの目指した大義を見つけられるだろうか。一度見つけたと思った私の誇れる使命は今、失われている。もう一度ここでそれを、見つけることができるのだろうか。


「私の名前は、ハルジオン。ここへは、家事人形ハウス・アンドロイドとしてやって来た」


 老夫婦は、顔を見合わせてうなずいた。


「素敵なお名前ね。あなたと同じ名前のお花が、春になるとお庭に咲くのよ」

「ああ、良いね。可憐だが、つよい花の名だ」


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