page.11 喪失

 あの日、死傷した市民は約100名。その3倍の騎士人形ナイト・アンドロイド達が、市民を守るために大破した。この一日で、騎士人形ナイト・アンドロイドの9割が原動力ハートを破壊され、その動力と行動記録ログ・データを永久に失ったのだ。


 しかし、その直後。世論は人形アンドロイド排斥はいせきする方向へと傾いた。私たちが守った市民の目には、騎士人形ナイト・アンドロイドではなく、自爆人形の方が色濃く映っていたようだ。


 私たち騎士人形ナイト・アンドロイドは、武装した人形アンドロイドという最も危険な存在として、市民から激しい糾弾きゅうだんを受けた。


 その結果、騎士隊ナイト・フリートは解散。武装解除のうえ外装を作業人形ワーカー・アンドロイドへ換装され、あちこちの工場へ払い下げられた。


 騎士人形ナイト・アンドロイドの大量失業。あの犯罪者たちの、希望通りとなった形だ。


 世論が彼らに同調した結果、彼らは市民に溶け込んで消えた。


 あれ以来、一度も彼らによる暴動は起こっていない。私たち人形アンドロイドが再び栄えることのない限り、彼らは望んだ世界を謳歌するだろう。


 私はといえば、華奢なボディが工場作業向きではないということで、最後まで騎士隊舎に残されていた。


 二度と開くことのない出撃待機エリアのゲート前。照明は消え、そこら中に投げ込まれた火炎瓶や生卵のあとが残っている。


 その場所で今日も、ボディの自律行動はオフにされている。ご丁寧に拘束具まで付けられている状態で、ただ一人立ち尽くしている。動くのは、メイン・カメラだけ。しかしその視界にすら、動くものはひとつもない。まるで世界から、忘れ去られたようだ。


 思考を走らせることしかできないこの状態がもうひと月以上続いている。考えるのは、ジークのことばかり。


 あの日、状況を終息させた後。ジークは既に修理用作業人形ワーカー・アンドロイドに回収されていた。回収時のステータスは“大破”。それは、原動力ハートの全壊か、それに等しい損傷を示すステータス。


 その後すぐに、私たち騎士隊ナイト・フリートは全ての権限を剥奪された。他の隊員の情報を知ることはもちろん、オンライン接続すらかなわない。そのため、今日このときでも未だに私たちは、ジークフリートの亡骸なきがらがどこへ運ばれたのか、どのような処分をされたのか、知らない。


 ジーク。貴方の大義が、失われてしまう。私の憧れであり、私の相棒バディであった誇り高き騎士人形ナイト・アンドロイド


 いっそのこと、誰か私のことも破壊してくれないだろうか。


 そう考えていた、そのとき。

 この廃墟に、ひと月ぶりに足音が響く。

 人間の足音だ。


 私の前で立ち止まった人間は、大都市の公共作業員の服を着ていた。彼は、私の足元につばを吐いてから言った。


「形式番号NA-19-T。 固有識別名コードネームは……ハルジオン? ふん、人形野郎が花の名前かよ! 気色悪りぃ」


 男の言葉はとげのあるものだったが、声は震えていた。私が、爆弾でも持ち出すと思っているのだろうか。


「お前の行き先が決まった。ここからずっと西の田舎に住む、爺婆ジジババの家事手伝いだ。死ぬほどめんどくせー手続きをしてまで人形アンドロイドを家に置くなんて、ボケてんじゃねーのか? ったく……」


 この日から私は、家事人形ハウス・アンドロイドとして働くことが決まった。


 騎士人形ナイト・アンドロイドの私には、街をひとつ救うという大義があった。

 それが今、たったひとつの家族を支えるちっぽけな家事人形ハウス・アンドロイドに成り果てたのだ。

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