page.06 報酬は鉄拳

 私は空気抵抗を減らすため、左手に装備していた盾を捨てる。地面まであと少し。2、1、着地!


 私は猫科のけもののように四肢をクッションにし、衝撃を殺す。ほんの数瞬も間を置かず、滑らかに前へ駆け出す。


 私のメイン・カメラが、制圧対象とジークフリート総隊長を捉える。ラッキーだ。制圧対象はこちらに背を向けている。


 両手をあげ、胸に銃口を向けられたジークフリート総隊長。そのメイン・カメラが、私へ向けて見開かれる。ざまあみろ。貴方の命令を無視して、貴方を救ってやる。


「ん? お前、なんで後ろなんか見てる?」


 気付かれたか。

 ジークフリート総隊長には、もう少し気づかないフリをしてほしかった。

 制圧対象が、振り返る。


「誰だ……!!」


 私は、答える。


「誇り高き、騎士人形ナイト・アンドロイドだ!」


 制圧対象がトリガーを引くよりも速く、跳ぶ。ハンド・ガンをレーザー・ブレードで焼き切る。五本指マニピュレータの繊細な動きは、制圧対象の人間には傷ひとつ与えず、武器だけを精確に破壊する。そのまま流れるように剣を振り、男の眼前でピタリと止める。


手をあげろホールド・アップ


 制圧対象は焼け残った銃の持ち手を捨て、両手をあげる。すぐさま、左右から量産型のベテラン騎士人形ナイト・アンドロイドが男を取り押さえた。


 私は、レーザー・ブレードを収め、ジークフリート総隊長をまっすぐ見て言った。


「ジークフリート総隊長。どんな気分です? 花の名前の騎士に救われるのは」


「……悪くない」


 感謝の言葉ひとつ持っていないのか。私たちの総隊長は。


「ハルジオンと言ったな。お前は――」


 命令無視をしたのだ。厳罰か? 除隊か? 最悪、新型機たちかれらが言ったように廃棄だろうか?


「お前は、使える。今日から、常に私の隣で戦え」


 待て。

 彼は今、なんと言った?


「貴方の隣で、戦う? 私が?」

「そうだ」


 つまり、そう。

 この瞬間に私は、彼の補佐バディとなることが決定したのだ。


 もう屋上から現場を見下ろす必要もない。

 ジークフリート総隊長の戦いを間近で見ることができる。

 市民を、いやジークフリート総隊長を救う機会が、この先は無限にあるということだ。


 控えめに言って、こうだろう。


「最高ですね。貴方は良い判断をした」

「……」


 どうして、黙っているんです? 私の相棒マイ・バディ


「……お前をそばに置くには、隊員たちへしめしをつけねばならんな。大義のためには、例外は許されない」

「?」


 そこで、総隊長が音声を全隊員に聞こえる無線へ切り替えた。


『ハルジオン、貴様の命令無視は厳罰対象だ!! そんなに戦いたいのなら、良いだろう! これから貴様が使い物にならなくなるまで、最前線で使い潰してやる!』


 演説のときよりも、制圧対象を威嚇するときよりも、さらに大音量のバス・ボイス。


 なるほど。私を相棒バディにするのにも、大義名分が必要と言うわけか。真面目な人形アンドロイドじゃないか。


 私は、マイクに拾われない音量に発声器を調節してから総隊長のボディを小突こづいた。


「貴方は、シャイだな。ふふ」


 だが、彼は答えない。

 それどころか、全隊員への無線をつないだまま、こう続けた。


『貴様には、我への無礼な態度の罰を与える約束だったな』

「おっと……そんな話も、ありましたね」


 無線から、私への罵倒やジークフリート総隊長への歓声が聞こえてくる。

 私たち人形アンドロイドには表情がない。しかしこのとき、ジークフリート総隊長が確かにニヤリと笑った気がした。


「隊舎に戻ったら、パーツを交換してもらえ」


 そして、彼は太くたくましい拳を握りしめ、私のメイン・カメラに叩きつけた。

 私の四万グラムの軽量ボディは、数メートル吹き飛んで、地面に転がった。


「……痛い」


 セルフ・エラー・チェックによると、頭部センサーの大半が大破。交換が推奨されている。


 私はひび割れた視界に、これから総隊長と駆け抜けてゆくであろう戦場を思い描いた。

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