第9話 サツマの変化
「お婆ちゃんたちの気持ちが理解できない自分が人でなしのように思えて辛いか。まあでも、実際分かんないんだからしょうがないんじゃない? 異世界と今の日本とじゃ価値観も違うし。どっちが正しいとかないでしょ」
パピィはワシワシとタオルで俺の濡れ髪を拭きながら言った。ヘッドマッサージされてるみたいで気持ちいい。
風呂上り、今日は俺は自らドライヤーとタオルを携えてパピィの部屋を訪ねた。
甘えたくなったのだ。
「けど、俺はそれどころか未だにルサンチマン王国で奪った命に対し、謝罪の気持ちや後悔の気持ちを真摯に抱いているとは言い難いのです。感情がおかしいのです。そんな自分が嫌です」
「うーん、まあ、そう正面から言われると引くけど……。でも、サイコなのは急には治らないと思うよ」
「グランマもそう言ってました。焦らないで、色んな人と話したりして、少しずつ、優しい心を取り戻していけば良いって」
うーん、と唸りながら、パピィはドライヤーのスイッチを入れた。気の抜けたモーター音が響く。
「お婆ちゃんは良いこと言ってるけど、取り戻すも何も、さっちゃんのいた世界ではさっちゃんみたいな考え方は異常ではないのでしょう? 乱世の世って奴では、むしろさっちゃんみたいに割り切らないと生き残れないって言うか」
「確かにそうです。だから、グランマはこんな俺を『かわいそう』と言ったのだと思います。クレイジーサイコじゃないと生き残れない世界で、なるべくしてクレイジーサイコになってしまった俺の境遇に。生まれる世界さえ違えば、眼鏡みたいに変態だけどまあまあまともに育つ可能性だってあったのにと」
今日もパピィはサイドや後頭部の刈り上げを重点的に触ってくる。くすぐったい。
「何かさ、この辺触ってると、昔うちで飼ってたジョン思い出すね。雑種犬だったけど真っ黒でもふもふだったんだ」
へえ……。俺は犬と同じか……。
「ま、ジョンはともかくさ」
パピィは自ら軌道修正をした。
「お婆ちゃんと仲直りできたのは良かったじゃない。さっちゃんはさ、難しく考えすぎのとこあるよ。今までの自分を捨て去って、なりたい自分になりたいと思う気持ちもおじさんは分からんでもないけど、焦りすぎだし、極端すぎ」
「でも、俺はこのままじゃ嫌です。みんなに愛されるきのこになりたい」
「どんなに良い人でも、みんなに愛されてる人なんていないよ。完璧目指したら辛くなるし、自分を見失っちゃうよ。自然に生きれば良いんだよ。自然に。その過程で、変われるところもきっとあるはずだから」
ね、と同意を求められ、俺は躊躇した後、うなずいた。
「さっちゃんがお婆ちゃんたちの気持ちを理解したいって思ったことは、それだけで十分な変化だと思うよ。近衛師団長だっけ? それやってた頃だったら、一ミリも考えなかったんじゃない?」
言われてみればそうだ。昔の俺だったら、気にも留めず、『無意味なことをしている年寄り』と切り捨てただろう。
「……理解できないなら、せめてグランマたちの願いを叶えたい」
「願いって、サキさんの旦那さんのこと?」
「はい。俺には中途半端ですが異世界を行き来する力があるようです。ならば、力になれないでしょうか?」
ドライヤーを動かす手が止まった。
「ごめんね、おじさんはそういうの全然詳しくないし、自分には何の力もないから分からないや。でも、さっちゃんがそう思ってるってだけで二人は嬉しいと思うから、伝えてあげな」
「……はい。変なこと言ってすみません」
パピィの大きく筋張った手が俺ので頭をくしゃくしゃと撫でた。
「良いの良いの。さっちゃんは本当にいい子だね。かわいいし、本当、いつも手許に置いてめでていたいね」
プキューとみょうちくりんな鼻息が背後から聞こえ、背筋がゾクッとした。
だけど、気持ちは少し楽になった気がした。
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