第10話 生臭い車

 皆さまどうもお久しぶりです。

 眼鏡の方の薩摩です。


 この度、ストーカーサイコロン毛改め情緒不安定サイコきのこを実家に預け、束の間の一人時間を満喫していたのですが、残念ながら、その時間も終わりを告げました。


「婆ちゃんも親父たちもまたすぐ会えるって。何泣いてんだよ」


「泣いてない! うう、グランマがくれた煮干し美味い」


「あのさあ、車の中で臭い強いもん食うのやめて。車が生臭えよ!」


 後部座席では、サツマ様が土産にもらった煮干しをボリボリ食いながら泣いている。

 忙しいなあ、もう。


「うう。日本にも戦乱の時代があったなんて。俺は何て無知だったんだ」


「婆ちゃんから戦争の話でも聞いたの?」


 俺も子供の頃に聞かされたが、かなりハードな話だった。けど、率先して因縁つけて無辜の民が暮らす村に大砲撃ち込む系クレイジー軍人のこいつに話したところで、平和教育の意義があるのか疑わしい。


「聞いた。でも、正直何で70年以上も執着してるのは、よく分からなかった」


 ほらやっぱり。

 平和主義国家で育った俺たちからすると、「お前の血は何色だ」事案だけど、しょうがないのだ。

 これがルサンチマン王国の軍人としては正常な反応なのだ。

 しかし、サツマ様はボリボリ煮干しを咀嚼しながら付け加えた。


「けど、いつかは分かるような俺になりたい」


「そう。頑張ってね」


 どかっ、と背中に鈍い衝撃を食らった。


「素っ気なさすぎるだろ! もう少し、親身になったらどうだ」


「親身になったところで、結局はお前次第だろ。つーか、座席を蹴るな。お前はタクシーの運ちゃん相手に暴力事件起こす酔っ払いか。そういうとこだよ。本当さあ。戦争とか壮大な話する前に、そういうとこから直せ。目の前の俺に優しくなれ」


「貴様に優しくしたところでつけ込まれるだけだ」


「今ここで引きずり下ろしても良いんだぞ? あんま調子に乗るなよ、ヤンデレきのこが」


 車内が一気に険悪な空気に包まれる。

 だが、サツマ様は煮干しの袋を横に置き、シートで手を拭くと(ふざけるな)、しおらしく謝罪の言葉を口にした。


「すまない。そうだよな。こういう性格が悪いんだ。ごめんなさい、下ろさないでください。僕、おうちに帰りたいです」


 これはこれで気持ち悪いのだけど、今は指摘しないであげよう。


 それから、ヤンデレきのこはしばらく静かに車窓を眺めていたが、不意に妙なことを呟いた。


「死んだ人と話をするにはどうすれば良いのだろう」


「恐山に行けば良いんじゃねーの」


「どこだ、そこ?」


「青森」


「青森ってどこだ?」


「ずっと北だね。遠いよ」


「長万部より?」


「長万部よりは近い」


 どこで長万部なんて覚えたんだよ。十中八九、テレビの旅番組なんだろうけど。


「……ボニー様」


 最近めっきり聞かなくなっていた女の名が聞こえた気がして振り返ったが、サツマ様は今度はイカの塩辛のパックを開けようと苦心している最中だった。

 ちょっとおっ! 密室で塩辛はやめて!



「それすげえ臭うから開けるな! うち帰ってからにしろ」


「だめ?」


「だめに決まってんだろ! その首傾げるのかわいくねーから」


「パピィは良いって言ってた」


「あれは特殊な変態だから」


 下らない会話をしているうちに、車は川岸市の市街地に入る。

 今日の夕飯買わなきゃ、と思い、俺はジャ◯コの駐車場入り口でハンドルを切った。

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