第2話 老人会

 グランマことクソババアは、クソババアのくせに社交的で友人が多い。

 最初は近衛師団での俺のように恐怖政治を敷いているから、皆がちやほやしてくれたのかと思っていたのだが、どうも違うようだ。


 クソババアの友人は老若男女、クソババアのことを人として尊敬し、慕っているように見えた。

 俺のお婆様も人柄が良かったので、当然友人は多かったが、クソババアに比べると交際範囲は狭かった。


 数か月一緒に暮らしても、一向に友人の影の見えない眼鏡とは大違いだ。


「あれ? 白波さんのお孫さんかい? 随分久しぶりだね。へー、もう黒づくめで破れたズボン履いたり、じゃらじゃら鎖つけるのはやめたのかい」


「嫁はどこかい? え、まだいない? うちの姪っ子が今年40なんだけどどうかい?」


「おめえ、いい体してんな。消防団入らねえか? あ? 引っ越してきた訳じゃない? 何だよ、紛らわしい」


「あれ何だっけ。うちの嫁がぞっこんの韓国人の俳優に似てんね。知ってる?」


「何回か前の朝ドラの相手役にもいなかったべか? こんな薄い顔の」


「さあ? 若い人の顔は区別つかね」


「おはぎ食べる?」


 公民館の集会室で、俺はご老人方から怒濤の質問攻めを受けた。

 みなさん、自分の言いたいことだけ勝手に喋って、俺の返答があろうがなかろうがお構いなしだ。

 フリーダムでカオスでパワフル。

 正気を奪われそうだ。


 上座で盛大に煎餅を噛み砕いていたクソババアが見かねて口を挟んできた。


「そいつはね、孫の薩摩とは別モンだよ。難しいことはあたしもようわからんけど、簡単に言えばそっくりさんだ。うちの光太郎と多恵子さん夫婦とも関係ない。よその子さね。そうだろ?」


 ややこしくなるから余計なことを言うな。しかもそっくりさんって結局自分も理解してないじゃないか。


 だが、ご老人方はクソババアの適当な説明になるほどと頷き合い、納得した様子だった。

 どうして納得できるのか、理解できない。


「そういやサキ姉ちゃんは? また来れないのかい?」


 クソババアの発した質問に、騒がしかった老人たちは急に口をつぐみ、気まずそうに黙り込んだ。


「もうすぐトシオさんの命日だろ」


 クソババアが続ける。

 いかにも頑固そうな四角い顔の爺さんが威張った口ぶりで答えた。


「季節の変わり目で膝が特に痛むそうだ。公子きみこさん、あんたまさかまだ諦めてなかったのかい。何年経ったと思ってんだ」


「さあね。あたしらが爺さん婆さんになるくらいかね」


 屁でもないと言いたげに、クソババアは吐き捨てた。


「いつまで過去に囚われてるんだ。あの頃とは違うんだ。サキさんだって幸せに暮らしてるし、あんたに力なんてない。せめてサキさん巻き込むのはやめようや」


 自分が皆を代表し、言いづらいことも言ってのけたと自負に酔ったかのように、爺さんは大仰な動作で腕組みして胸を張った。


 けれど、クソババアは爺さんを一瞥しただけで、面倒くさそうに呟いただけだった。


「放っておいてくれよ。あたしとサキ姉ちゃんの問題さね」


 そして、やにわに立ち上がると、貰ったおはぎを食べている俺に向かって、犬でも呼ぶように言った。


「行くよ、2号。帰りに神社寄ってお参りせにゃならん」


 仕込み杖じゃないかと密かに俺が疑っている杖で、床を叩き壊す勢いで突きながら、クソババアはさっさと帰ろうとする。

 俺は片手におはぎを握ったまま、慌ててその背中を追いかけた。

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